幹大

一人、歓ファンを辞める若者がいる。
中卒の16歳の時から3年間、後楽園店で務めた。
勤め始めた直後、母子家庭の母親が亡くなり、天涯孤独の身になった。
柔和な顔立ちで、おとなしい男の子だった。

後楽園店閉鎖後は、そのまま新宿店で引き取るつもりだった。
後楽園店が1月末で閉鎖。

幹大は自動車免許取得中であり、途中教習所から「合宿免許」に切り替え、山形県米沢に行った。その学校は卒業。後は都内の試験場で試験を受けるだけだった。
その最中にコロナが発生した。
幹大は親の遺産があり、住まいもあり、生活がすぐに逼迫する状況ではなかったために、免許取得を優先させた。

その頃から連絡が途絶えがちになった。
私から、家内から、後楽園店の同僚から、幹大の友人から。
電話、メール、LINEなど、返信の間隔が徐々に開いていった。
そして誰にも返信が来なくなった。

埼玉にいる、幹大のおじさん経由で、部屋の鍵を預かり幹大のところへ赴く。
幹大の家は、都営住宅だ。母親が存命中に借りていた部屋だ。
6畳ほどの部屋が3部屋ある3LDK。一人で住むには広過ぎる家だ。
場所も新宿区大久保と都内の一等地だ。

私、家内、幹大を紹介してくれた母親の友人と三人で訪ねた。
ドアホーンを鳴らしても出ず、預かった鍵でドアを開けたが、チェーンロック。
チェーンロックということは中にいるんだよな、と隙間から匂いを嗅ぐ。
もしかして死臭がしてないかと確かめる。
ない。
チェーンロックの隙間から
「幹大ぁ!幹大ぁ、起きろお」
と怒鳴る。
20分後、寝ぼけ顔でようやく出てきた。

元気だった。
部屋も案外かたずいていた。
精神状態は廃れていないようだ。

幹大と膝つきあわせて話し合った。
幹大からの要望や希望は聞けなかった。
目的が見つからず、何をしていいのか、ただただ時間を無為に過ごしているだけだった。
私たち三人の共通する気持ちは、このままでは「幹大は駄目になる」だった。
テレビの前にビデオが数巻置いてある。皮肉にもタイトルは「ひきこもりでも旅がしたい」だった。

ほぼ1時間、いろいろな話しをした。
彼を仕事復帰や家に一人いることの無為を諭した。
が、彼ののらりくらりとした表情は、何かをやろうという意志は見つけられなかった。

昔の自分を振り返りながら、仕事をしなかった時期や目的を見つけられなかった時期を重ね合わせて、どうすれば彼を家の外に引っ張り出せるのか考えた。
その方法も、やさしくおだて上げる感じで接するのが良いのか、突っ放すのが良いのか、怒ることが良いのか、を手探りで話した。

が、彼の反応はない。少なくとも歓ファンには戻ってこないと、というのはわかった。

(もう駄目かな。俺には気持ちを開かないな。)
帰宅後、私は、幹大を紹介してくれた、今日の同伴してくれた幹大母親の友人、私が見つけた幹大の法定後見人の弁護士に伝えた。

—-法定後見人にあてたメール——————————————————-
はっきりしたことは、幹大は歓ファンでは仕事をする気はないようです。 ですから、私の役目はこれで終わったかなと思います。歓ファンに来るようであれば、引き続き責任の一端を追わなければならないと考えておりましたが。 8月退去のことを伝え、優先順位は引っ越し、幹大の仕事、と伝えました。それも覚えているかどうか。後は幹大次第になります。 後は後見人にお任せします。
———————————————————-
そして幹大への最後の手紙を書いた。

—-幹大へ最後の手紙—————————————————–

最後の手紙。

幹大が歓ファンに戻ってこない以上、私には幹大に教えたり注意したりすることができない。どういう道に進んでも応援しようと思っていたが、私の目の届かないところへ行くことで私は幹大に教える時間を作れない。

私の中では「少し早い」という思いを持つ。

でも、幹大は私のことが必要ではないのだろう。

自分で歩く・・・と決意したのだろうと思いたい。

わかった。自分で、自分ひとりで歩け。
そういう時期が来たのだろう。

もうお前のことをカバーしてくる人はいない。

法定後見人にしても8月までだ。

それで一切の縛りがなくなる。

一人で泳げ。
泳ぐうちに、漕いでいるオールが流されたり、時には船がひっくり返ることがあるかもしれない。

これも良い経験だと思う。

溺れて初めて気が付くことがある。

一人で生きていくことが、どんなにも大変なことかを。
私のように人生終盤にかかった者ですら、一人では生きていけないと思っている。
奥さんや子供たち。一緒に働いている仲間たち。他いろいろ。
私が生かされていると感じる。

同時に私も彼らにとって必要な存在のはずだ。

だから私が彼らにできることをいつも考える。

幹大。

一人で泳げ。

海の大きさを、厳しさを感じろ!
そして一人で泳ぐこと難しい、厳しいと感じた時には、いつでも戻って来い。

その時にはお前は成長していると思う。

「自分の弱さが分かった」という強さが身についたからだ。

まずは「泳げ」

泳がなければ必ず溺れる。

溺れてからは遅いぞ。
まずは「泳げ」

先日幹大の家に行った時の話を思い出してくれ。
優先順位は

1・引っ越し

2・仕事

3・免許

1・引っ越し

8月は必ず退居だ。6月中に引っ越し先を探せ。

出来れば6月中に引っ越し。遅くとも7月。

2・仕事

生きている限り生きるための手段「仕事」は必要だ。

コンビニのアルバイト、新聞配達、皿洗い、仕事を選ばず探せばいくらでもある。

そしてその仕事をしながら自分の行きたい道を探すのも一つの方法だ。

3・免許

将来、彼女が出来、家庭を作る状況になった時に、一人で生きていく以上にお金が必要になってくる。免許があれば、最低限の生活ができる仕事を見つけられる。

一度免許を取れば、一生使える。

この順番で、幹大の世界を作れ。幹大の居場所を作れ。

離れていても幹大のことを応援する。

時々連絡をするように。 良き航海を (ボンボヤージュ)



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