2020年 11月 の投稿一覧

妖怪コロナウイルスとねずみ男

明日から午後10時までの時短営業が始まる。 来月17日まで。
これで今年の忘年会はほぼ絶望的。
時間の経過とともにいずれ収まる時を迎えるのだろうが、それまでに生き残ることが出来るのだろうか。

飲食店の苦悩もさながら、失業者が増え、給料が減り、世の中、気が滅入ることばかり。

選挙で「お願いします」「お願いします」と連呼し、選良になってからも「お願いします」「お願いします」と連呼。
民の願いを叶えるために選良になったはずなのに、やっていることは真逆。
政治家たちの、なんとも面白い職業だこと。

三密回避と唱い「自粛」を願う。
「人と会うな」、「旅行は止めろ」「国に入ってくるな」「学校休め」
「宴会中止」
「お願い」という自粛要請に従う民衆に気を良くした政治家、
お次は「GO TO !」の手綱を緩め、人を走らせる。
コーナーにかかると思わせ、再び手綱を引く。
人を操るのが面白いんだろうね、政治家は。
でも馬(民衆)は疲れちゃうよ。

人の楽しみを奪うのがコロナという妖怪だったら、その妖怪の手下になっているのがねずみ男(政治家)や女(ゆり子)・・・・・。
水木しげるの漫画に出てきそう。

そもそも妖怪(コロナ)は存在するのかい?
風邪との違いを教えてくれ。
昔は年に1~2回の風邪を引くのは当たり前だった。
風邪を引くたびに氷嚢のお役が巡ってきた。
子供でも卵酒が飲めた。
病気と一緒に生きてきたし、病気だったから回復したときに、前より増して走り回った。
今回のコロナ、(国が)罹患した後の処置がおかしく見えて仕方ない。

時短営業要請ふたたび

臨時ニュースがでた。
東京都は今月28日から3週間にわたって、10時までの時短営業を要請する。
飲食店にとって12月の繁忙期がほぼ全滅・・となる。
ギリギリ踏ん張っていた心の何かが、ポキンと音がしたような気がする。

今年1月あたりからのコロナ禍。
一個の歯車が少しずつきしみ始めて、大きな仕掛け時計が年末になって止まる・・・。
そんな感じがする。

資金繰りが苦しくなってきた。
ダメ元で、また関係省庁へ融資相談に出向こうと考えている。
今朝、家内にその考えを伝えた。
「どうするのよ。返せないよ。」
悲鳴に似た返事が返ってくる。
「返せるようになった時に返せばいいさ。」
「いつよ!自分の歳を考えて!」

勝算があるわけじゃない。
でも、このまま終わっちゃいけないと思っている。
私がここで音を上げれば、もっとたくさんの人が音を上げそうな気がする。
どこかで誰かが踏ん張ってなければ、何もかも崩れてしまう。
踏ん張れるのは、他の誰でもないし、私しかいないし。
たぶん、まだやり残したことがあるような気がする。
余生は、あってもたぶん十数年。
十余年で全てが終わる。

もうちょっと踏ん張ってみるか。

兄弟

私は男兄弟の長男だ。
次男は鹿児島に、三男は世田谷区に、それぞれ健在だ。
兄弟それぞれに三人ずつの子供がいる。
その子供に孫がいるのだが、正直数は把握していない。
兄弟はそれぞれ67歳、65歳、63歳になる。
兄弟の嫁たちも還暦を過ぎた。

コロナ禍で支給された給付金が手つかずで残っていた。
コロナ禍でお店は存続の危機にさらされている。
まだお互い元気なうちに会っておこうか、という話しになった。
長男だから私が音頭を取り、給付金とGO TO トラベルを使って、鹿児島に残っている弟夫婦を招待した。
一昨日の土曜日のことだった。

年齢はともかく、弟たちは老けている。少なくともビジュアル的には私が一番若い。頭髪も下に行くほど禿げている。
羽田に車で迎えに行った。東京でのコロナ感染を心配しているだろうな、と思った。空港までの行き帰りが車だったら、心配も少なくなるだろうという配慮だ。

荷物はなかった。手土産は事前に歓ファンに送られてきていた。到着は13時半ころ。直で帰っても時間が余る。兄弟と息子、孫たちが揃うのは18時。
弟はともかく、その嫁は東京は久しぶりのはずだった。車で首都高を回る。時間的に微妙なために車中での東京巡り。人混みに入っての、コロナ禍の心配もあった。三連休初日の土曜日だけあって、 都心から外に向けて渋滞していたところはあったが、 都心部は割と空いていた。
それでも田舎から出てきた分は、賑やかに見えたし、田舎での祭り状態の人混みだったし、田んぼの中を走る高速と違って、ビルの合間を縫う首都高は都会そのものに映っていた。

ホントは2泊して貰うつもりでいた。1泊は東京で、2泊めは箱根辺りを手配するつもりでいた。それが義母の介護を口実に一泊になった。
介護は口実で、コロナ感染を恐れているのかな、と察しあえて一泊のみを反対はしなかった。

弟たちにはホテルチェックインをさせ、夜の宴に備えて私も小一時間仮眠を取った。

6時。
まず兄弟夫婦、6名の宴が始まった。
マスク姿で気づかなかったが、弟二人とも前歯が抜けていた。
冒頭ビジュアル的に私が一番若いと言ったが、歯抜けは爺いを加速させていた。
「おい、歯を入れろ!」
田舎にいると、会う人も少ないから見た目は気にしない。ありありとそれが見える。私ですら、私自身がおしゃれに見えるのだ。

「病気自慢をする大人にはなりたくない。」が私の持論だったが、兄弟夫婦三組そろって現在患っている病気と薬の自慢になる。
兄弟は順調に老いていた。そして兄弟ともに嫁から逃げられずにここまでの人生を歩いてこられた。

うん、そうだ。もしかするとこれが梅橋家の徳かもしれない、「嫁に逃げられなかった。」という。

美味しい酒だった。6時から始まった宴は、途中から息子、孫たちが加わって総勢13名になっていた。特に走り回る孫たちが時間の進みを早めていた。
気がつけば9時。3時間を過ぎていた。
まず次男が脱落した。田舎生活は夜が早い。眠さを抑えきれずにホテルに帰ろうとした。若いときは無理にでも席に押さえつけたが、今の私にもその元気はない。
明日の羽田までの車での送りもあった。アルコールが残っていてもまずい。
切り上げ時か。
たぶん9年ぶりになる兄弟そろい踏みだった。両親が亡くなると、田舎は遠くなる。

今日、鹿児島に帰った弟、その嫁、世田谷にいる弟からそれぞれ感謝のLINEが来た。
本来の使い道でなかったかもしれないが、有意義な10万円の給付金だった。

コロナで考えさせられたこと

どこに行ってもマスク姿を目にする。マスクなしの人を探すのは難しい。特に人の大勢集まる公共の場所、例えば駅とかスーパーマーケットだとか。
マスクの息苦しさが嫌いな私も、こういった公共の場所に行く直前にマスクをかける。
飲食業だから、ランチ時間やちょっとでも混みそうだな、と感じたときはマスクをかける。だが、嫌いだ。

嫌いな理由。
・顔が見えない、というより相手の表情が読めない。
・鼻と口を覆うというのは、空気を吸う、食べる飲むといった、生物が生きるための本来の行為を制限している。
見た目も不自然に私には映る。

だが、マスクが日常になった。
コロナが収まったとしても、このマスク姿は定着するのではないか。
マスクは外部との接触を遮断することを意味する。ソーシャルディスタンスの物理版だろう。このソーシャルディスタンス、訳すれば社会的距離なそうだ。

母が我が子を抱く。それ以前に愛し合った男女が抱き合い、SEXに発展して結果子が出来る。
密接の最たる例ではないか。密接があったから男が存在し、女が存在し、子供が存在し、家庭ができる。
生まれたままの姿の人は、寒さや敵から身体を守る体毛もない。爪も牙もない。自然界ではとても弱い存在だと思う。それがここまで成長(繁殖)できたのは、個が密集することで自らを守ってきたのだと思う。

それがここにきてコロナが密接や密集に対して疑問符をつけてくれた。
これまで人が生存し、繁殖し続けた密接密集を人類自ら否定しようとしている。
コロナが突きつけた宿題だ。

昔々、地球が誕生し、そこから生命体が誕生した。ミトコンドリアの世界だった。細胞同士が変化して、くっついて、分離して、数多の化学変化が起きて「進化」と呼ぶ変化が続いた延長線に、今の人類がある。変化にはコロナと同類のウイルスが関わってきたことも間違いない。

「歴史」という数千年の単位よりも、もっと長い万年、億年という単位で眺めてみると、「進化」の過程が今、起こっている。コロナはその引き金になっているのではないか。

学校で習ったことを思い出して欲しい。
地球が誕生して、水や空気が出来て、有機類ができ、それらが合わさって生物(その当時は植物)ができ、それらを食べる成長する動物が出現し、と脈々と続いてきた。時間的な単位は億万年という単位だった。
コロナで右往左往している人類は、少なくとも言葉を話したり、「歴史」などと語る、人類の時間単位はせいぜい1万年程度だ。

社会的な距離の中で、それでも人は生き続ける。さらにいえば、100年とか1000年とかいう時間的な単位で考えれば、もっと厳密な「社会的な距離」が生まれてきてもおかしくない。

コロナでに振り回されている間にも、4G、5Gなど大容量の情報を行き来させる電波のインフラが整いつつある。それらが整ってくるとどうなるのか。

バーチャルリアリティ(仮想現実)がリアルそのものになってくると思う。
前述した男と女が、実際に会っているつもりで、実際にセックスしているつもりで、お互いの精子と卵子を融合させ・・・・。

食べるものだって、無菌だとかサプリだとか表示しながら、丈夫(健康)で美味しい肉体に仕上がるだろう餌を自ら作り、自ら食する。

これはもしかしたら・・・・、
ゲージで飼われる鶏と同じではないか。
養豚場の豚と同じではないか。

良いか悪いかではない。
長い年月をかけて人類が向かおうとするのに、今現在、人に求められようとしているのが「社会的距離」。
こういう目で見ると、今の中国のように国で人を押し込める(民主主義でない)制度もアリと思える。(私は嫌いだし、けっしてそうなって欲しくないが)
だとしたら、近い将来(100年ほど後)には、管理される体制が敷かれ、人が管理しているように見えて、実際は人類が作り出したコンピュータが制御管理する。その人類はゲージの中にいる?

コロナは私をSFの世界に誘ってくれた。

末っ子の旅立ち

旅立ちという年齢でもないのだが、34歳の同居していた息子が引っ越した。
土曜日深夜遅くまでガタガタ物音がしていた。途中トイレで目覚めた5時頃も物音が続いていたから、引っ越しの荷造りでほぼ徹夜だったのだろう。
朝方、家内の声が響く。
「これは持って行かないの?」
「あれは忘れてない?」
気ぜわしく、甲斐甲斐しく、子供を気遣う響きだ。

目は覚めていたが、布団から出なかった。
引っ越し先は浅草。
いつでも会える距離なのだろうが、母と子供の別れのシーンに私はいない方が良いと思った。

私のことを煙たがっていた息子。
私の子供の頃を思い出しても、男親と息子の間には奇妙な距離がある。
中学生頃までの親と子の関係が、思春期あたりから徐々に男と男の関係に替わる。
板橋に会った一軒家から、長男、次男と独り立ちし、一軒家である必然がなくなってきた。職場近くの新宿に引っ越してきたのが8年ほど前だったろうか。

愛嬌のある顔をしているのだが、このところ体重が増えていた。デブだ。
単なるデブを通り越して130~140kgはあると思える『巨漢』になった。
本人は気にしているのかしてないのか、でも指摘されるのは嫌なようで、体重を聞かれるのも、「また太ったか?」と揶揄されるのも、表情がムスッとする。

私が糖尿病に罹患しているから、純粋に身体のことを思って忠告するも、返事がない。家内も(ほおっておいて・・・)と目線を送る。
私もそうだったが、病気で苦しい思いを一度味合わないと「健康」であることの重みが実感できない。
息子はすでにこの歳で痛風にかかっている。糖尿病罹患も時間の問題と思える。

基本やさしい子なのだ。笑ったときの顔もやさしさにあふれている。
私のとの接触は避けたがるが、母親とは食事も酒飲みも時間を割く。
自宅でも母親との食事を作る。
「この料理はこのスパイスで。」などと妙なこだわりも見せる。

ある意味、面倒くさい息子なのだが、母親はその時間を楽しんでいた。
その息子が出て行く。

私は、一度は独立した生活をした方が息子のためにも良いと感じていた。
料理を息子がするときもあるが、気が向いたときだけだ。
基本、家でやる食事や洗濯は母親がする。たぶんトイレや風呂掃除もやったことはほとんどないはずだ。たいていは私がやっていた。

家にいると、その不自由を感じない。息子にとってけっして良いことではない、と思っていた。
一度その不自由を経験して、息子がまた戻ってくるのは、私はOKだと思っている。病気と一緒だ。苦しい思いをして「健康」のありがたさを知る。
独り立ちして、親のありがたさを知る。

物音が静かになって、息子が出て行ったのを知る。
家内が部屋に戻ってきた。
「ウウッ、ウウッ」
と泣いている。
気持ちは痛いほど伝わる。家内の気持ちを測ると貰い泣きしたくなる。
家内の背をなでる。
「いつか来る日が、今日だっただけだ。」
「わかっているけど、(涙が)止まらないのよ・・」
かける言葉を失う。
また数回、家内の背をなでる。

息子が出て行って、家内と二人だけの生活が始まる。
粗末だったけど、まばゆい若いときの二人の生活と違って、時間を埋め合わせるだけの空間がこれから二人を包む。

埃っぽさが漂い家具のなくなった部屋のなか 、人生の大きな役目の一つが終わったことを、私たちに息子が残していった。