マスク

どこに行ってもマスク姿が定着してきた。
用事があって昨日は新宿の繁華街、市ヶ谷と出かけてきた。
マスク姿を数えてもきりがないので、素顔をさらしている人を数えてみた。
気候が涼しくなって、マスク装着でもそう息苦しくもない季節になってきた。
時間にして延べ5時間近く出歩いて、マスク着用なしが10名いただろうか。
マスク姿がすっかり町の風景としてなじんできた。
これから風邪に季節到来。マスクはもっと多くなるに違いない。

このマスク姿が私は気に入らない。
家内とよく都内のあちこちを歩き回る。歩く距離が増えれば自然と息づかいも荒くなる。
そういう中でのマスク着用が辛いこともあるのだが、基本的にマスクは嫌いだ。
あちこち歩き回る中で、駅やデパート、人が多く見受ける場所に行くと「礼儀」として私もマスクは装着する。家内からも
「ほら、マスク!」
と催促される。

マスクで顔が見えない。
特に口の部分が見えない。
笑顔を見せるときの口の役割は大きい。
喜怒哀楽を表す顔の半分が隠れていて、人と人とのコミュニケーションは取り辛い。言葉でカバーしようにも、これまたマスクのせいでくぐもった声になり聞こえ辛くなる。

三密回避とかソーシャルディスタンスだとか、人と人との距離を保つように、国もメディアも薦める。
いつまで?
仮にコロナが収まったとしても、毎冬インフルエンザの季節になると、例年以上にマスク姿を目にすることになるのだろうと思う。

で、これって良いの?
最速コンピューター富岳が飛沫シミュレーションをやり、その結果のビジュアルをテレビで放映していた。
あんなの見せられたら、人と人との出会いに恐怖や警戒心が起きてしまう。

肌と肌が触れあいが少なくなって、人と人との出会いや関係に微妙な距離が出来てしまう。
コロナを絶つのではなく、With コロナ。
潔癖、清潔がすべて良いというわけではないはず。
あまりにも神経質になりすぎているのではないかと思う。

コロナに限らず、人に心の中の鷹揚さが少なくなっているのではないか。
こぢんまりとし、小さな事に足を取られ、足下しか見えず、遠くに見える大きな目的が霞んでしまっている・・・。
コロナがそう見せている気がしてならない。

人と会うこと、人と話すこと、
人が美味しいと見せる顔、人が楽しいと見せる顔。
それを味わいたくて、この飲食の仕事に従事している。
飲食の仕事に従事する醍醐味だと思う。
今のコロナ対策、この醍醐味を全否定されているようにしか見えない。

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