『火事です!火事です!」

ビーッビーッというけたたましい音とともに
「火事です。火事です。」
と警音警報が流れた。

緊急事態宣言でお店の営業時間を8時までと制限させられ、否応なく閉店時間は早くなった。
お盆休みを14日~16日とし、お店の全休を決め込んだのだが、コロナで帰ってくるなという田舎(家内の実家)の希望があり、子供も孫もいない、妻と二人だけのお盆休み。妻はパート仕事で日曜日しか二人揃わない。
パートに出る妻は、それでもお昼過ぎにはいつも家に帰ってくる。

8月に入り、感染者数4,000~5,000人と報道されるにつれ、お店は極端にヒマになる。例年八月の売上は良くないのだが、コロナ禍、猛暑が拍車を掛ける様に客数が落ちる。
やれる仕事はやったが、お客様が来ないことにはどうしても時間を持て余す。
ということは、妻との時間、家にいる時間が増えることでもある。

食事がワンパターン化する中、餃子や煮込み料理を作ったり、はたまた魚まるごと一本買ってきて、捌いて刺身にしたりと二人でとる食事には工夫をしていた。

食品卸の専門店に行き、食材を見繕っていると焼き肉の具材が特売として並んでいた。美味しそうだ。
(うん、今日は焼き肉にしよう。)
牛タン、ハラミ、カルビ、ロースと美味しそうな所を見繕って、家に持って帰った。

「おい、今日は焼き肉にしようぜ。」
と、奥にしまっていたガスコンロ、焼き肉用鉄板板を出し、部屋に持ち込んだ。
子供たちがそれぞれに独立し、二人だけになって、久しく家での焼き肉なんぞやってなかった。
妻も少し浮かれた感じで準備を始めた。

ガスに火をつけ焼き肉が始まった。
始まった途端、焼き肉特有の匂いとともに煙がモコモト立ち始まる。
「あ、あ、あ・・」
あわてて部屋に干してあった衣服を別な部屋に、妻が移動させる。
その瞬間
「火事です。火事です。」
冒頭の警音が鳴り響く。
(やべー!)
火を止め、焼き肉をコンロごとキッチンに運ぶ。
換気扇のスイッチを入れる。
妻は煙が充満してる部屋のベランダのドアを開け、扇風機を回す。
警音、警報を続く。
「この音、ビル中に鳴り響くの?」
「わからないよ。」
二人とも動転している。

煙が治まり5分ほどしてようやく警音警報が鳴りやむ。
二人して目を合わせ、フーッとため息が出た。
二人焼き肉のワクワク感は吹っ飛び、かわって安堵感が全身を包む。

子供たちを交えて焼き肉をしたのは、一軒家を借りていた時だった。
今は天井が低いマンション暮らし。
すっかり忘れていた。

「ま、良い経験だったな。」
といえば
「焼き肉は、この部屋での焼き肉は、もうダメなんだよ。」
と妻が答える。
二人とも、さほど懲りてない・・・・。