妻の留守中

妻の出身は山形県川西町だ。
朝日連峰と飯豊連峰に挟まれた位置にある。
いつか引退したらこの町に行こうと考えていた。
毎日山登りができると心中小躍りしていた。
のどかな、しずかなたたずまいを見せる町だ。

彼女の両親は同年齢で、今年94歳。母親は施設のお世話になっているようだが、両親ともまだまだ健在だ。
彼女の兄が同居し、普段は父親との二人暮らし。

「(両親は)もう何があってもおかしくない年だし、会えるうちに会って来いよ。」
コロナ禍がようやく収まってきた今年、帰る頃合いになってきたと思い、妻にそう伝えた。
4月3日の自分の誕生日をしっかり終えてから1週間ほどの予定で帰郷した。
帰る寸前まで、残された私のことを心配し
「洗濯物大丈夫?、火の元はちゃんと確認してね、お店の経理のことは帰ってからやるからそのままにして。」
「わかった、わかった。余計な心配しなくていいから早く帰れ。」
帰る日の朝までクドクド。そして
「私がいなくなると寂しい?」

山形に帰った次の日の夜、メールが届く。
「寂しくなかった?」
ここまで来ると、どうしても「寂しい」という私の言葉を聞きたいのだろう。
「枕くらい日干ししろ。湿ケっぽいぞ。」
「ちゃんと定期的に洗ってるし、そんなことないよ。」
「あれ?俺の涙かぁ?」
「やっぱし。」

「あ、(湿っぽいのは)俺のよだれだ。」
「きったない!、ちゃんと洗っといてよ。」
「汚いとは何だ!小便がたれるよりましだろ。」
私には前立腺癌の後遺症で尿障害が続いているのだ。

たわいのない夫婦がここにいる。
いつか94歳の両親のように、こんな会話が私たち夫婦の間でも続けることができればいいな。