相棒の女性が法事で土曜日休ませてくれと言ってきた。
何の問題もない。率直にOKした。
6月2日(土)は予約は夜1組。土曜ランチはいつもさほど混まない。
多くても20名様程度。
たまにはいいか、その程度はやれるか、と一人で営業することに決めた。
一人でやることを知った、相棒の女性も妻も心配そうな顔をする。
「大丈夫?」
「間に合いそうもなかったらお客さん断るから。」
一人、ヤキソバ。一人、チャーハン。
続いてお二人。
オーダーはA定食(青椒肉絲)と担々麺。
「あ、それと、チマキを買いに来たんですけど・・・。」
「冷たいチマキですか?それとも暖めますか?」
「贈り物なので冷たいままでけっこうです。」
そのまま包めば良いことなので、楽勝だ。
厨房に入り、お湯の費を大きくしながら、A定食を準備・・・・
あ、その前にお盆にセット(全ての注文にサラダ、杏仁豆腐、お新香がつき、箸、デザートスプーンを置いて完成)しなきゃ。
ん?入口に人が立っている。お客様だ。
「いらっしゃいませぇ」
「表の看板、準備中ですよ。営業してますか?」
後にぞろぞろ人がいる。
キター!
「営業してます。何名様ですか?」
「5人です。」
「ワンオペなんで、準備中と言うことでお客様制限をしようかと。料理の出が少々遅れてもかまいませんか。」
「大丈夫ですよ。」
さあ、戦闘開始だ。
おしぼり、お茶を準備
最初の焼きソバ、チャーハンを食べているお客様も、今しがたチマキを注文されたお客様も(どうするんだろう?)という心配顔で私を見ている。
「注文良いですか?」
「焼きソバ3個と、A定食、マーラー麺お願いします。
(ん、注文、同じ商品にしてくれ・・・)とは口が裂けても言えない。
「ありがとうございます。」
頭はフル回転。できるだけ無駄な動きを避ける。
「段取り七部、仕事三部」
口元で唱えながら準備を進める。
さあ、準備は整った。あとは釜の前に行って料理を作るのみ!
と、腹に力を入れた瞬間、新規のお客様が目に飛び込んでくる。
あ、住んでいるマンションの大家さんだ。これは断れない。でもワガママは利く。
「時間かかっても大丈夫ですか?」
イヤとはいわせない。
と、話している背中で、
「カウンターの上に置いてある冷茶は私たちのものですよね。」
5人組のお客様が、トレンチに用意したお茶を見つけて取りに行こうとする。
「あ、スミマセン。用意はしたんですが、持って行くの忘れてました。」
「大丈夫ですよ。」
お客様との共同作業になってきた。
大家さんは三人組。
「注文だけするわよ。私はトロトロ冷やし。」
一番手間がかかる季節商品、だからわざとメニューは出してなかった。先日召し上がったのが美味しかったからと知人を誘って来店された模様。
が、残りの二人はA定食、B定食・・・。
うん、うん、こんな時は同じオーダーに・・・と、またまた口に出そうだったがこらえた。
厨房に飛んで戻った。待ってくれると言ってもお腹が空いているときの待たせる時間は経つのが早い。もう一石の余裕もできない。
わずかだが、同じオーダーがある。まとめて作らなくて何ぞや!
手早く準備する。
もう一度釜の前に立つ。火は全開。炎の調理人になる。
セットしたお盆に出来上がった料理を置く。スープを注ぐ。ライスを盛る。
スープなどちょっとでもこぼしたら、入れ直すのはもちろんのこと、こぼした個所を”拭く”という余計な仕事が増える。早くやる部分と慎重にやる部分と硬軟をつける。
「お待ちどおさま。」
5名様の配膳が済む。
と新たなお客様だ。
(あ、ちょっと難しいお客様だ。)
ふだんだったらどうって事ない70歳半ばのご夫婦なのだが、細かい注文が多いお客様だ。
「時間、大丈夫ですよね。ゆっくりしていってください。」
「今日、私一人だから、かまってられないです。」とは絶対に言えないが、細かい注文も今日はダメ!、との「押さえ」を含む口調で話す。
奥様が「大丈夫よ。」と旦那をなだめる役を買ってくれる。
旦那は
「早くできるものだったら何でもいいよ。」
そういう問題じゃない。でも出来上がった料理を運ぶの先決だ。
「はい、はい、ありがとうございます。」
手際は悪くない。順調に料理を出し終わった。最後のご夫婦の料理だ。
海鮮焼きソバを作った。いつもよりエビイカを多く入れる。
作ってご夫婦に配膳を終わってから、まだお茶が出てないことに気がつく。
老夫婦だ。
「温かいお茶で良いですよね。」
と持って行った後で有無を言わせないセリフ。
「おうおう。」
いつもは一言二言嫌みをいう旦那が素直に応じる。
「店長、お店の中走ってたね。」
「店長、若いねぇ。」
と奥様。
ハァハァ。
気がつけば、息も上がっていれば、背中には汗も掻いている。
瞬間的に動けるのはわかったが、最大の誤算は自分の歳を計算に入れてなかった。