月曜日のランチに選ばれないお店

今年に入り、1週間のほとんどを後楽園店で過ごしている。
50席ほどの店内で、平均ランチ数は50名。
新宿店のランチ数が席数40に対して60~70程度だ。80超えも珍しくない。4人席に3人だったり、二人席に1人だったりすることを考慮すれば、ほぼ2回転。
比較すると後楽園店のランチ数はどうしても少なく感じる。1回転しない。

夜の営業はともかく、まずランチから手がけようとして半年を過ぎた。
ランチタイムのサラダバーを導入。ほどほどの客入りでもサラダバー付近に人が群がるために入口当たりから見てると盛況に見えなくもない。お客様の反応もまずまずだ。
「よし、この調子で踏ん張ってみよう。本当に混み合うまでちょっとの辛抱だ。」

半年が過ぎた。
サラダバーの企画を出して2ヶ月後には10種類出す予定だった。しかしその間に職人さんが立て続けに2人辞めた。後任がなかなか決まらないうちに、とうとう厨房は一人体制になった。外国人調理補助をつけ、かつ調理人がお休みの時や2時間の休憩時には私が厨房にたつ。そういう状態の中、負担を考えて、厨房にはランチサラダバーの種類はコールスローを含めて7種類程度用意させた。メニューは何種類か出して貰っているのだが、原価のことを考えるとメニューがどうしても偏る。底を私が出来るだけフォローしている。
新宿からの道すがら、業務用の安売りスーパーがあり、そこで安いものを見繕っていく。
当日仕入れ、当日仕込む、即興サラダバーメニューだ。
そうやってランチの売上げを落ち着かせようと踏ん張っている現状だ。

だが、勤務ランチが伸び悩む。
おおむねお客様の受けは悪くない。が、それがランチ数として表れてこない。

大概のお店は、週の初めにその週のメニューを更新心してくる。昼食を過ごすのにランチ休憩が限られているサラリーマンにとって、ランチは貴重な時間だ。仕事で拘束されている一日で一番ホッとする時間だと思う。
そして月曜日、この週のランチが何かを偵察に来る。偵察の基準はいろいろあるだろうが、お気に入りのお店の様子を、まず最初に見に来る。
歓[fun]の新宿店が、まさにそのお店なのだ。その前の勤務していた新宿三丁目のお店から、そういうやり方で通してきた。そして、その区域のサラリーマンや住民に支持していただける仕組みを作っていた。それが当たり前だと思っていた。

月曜日の後楽園店、他の曜日よりもランチ数は10個ほど少なく感じる。
地域の方たちに支持されていない、少なくとも一番ではないと感じる。
後楽園店のある、地下鉄駅ビル5階に出店している、どの店も、月曜日は落ち着いている。
この地域での一番はどこ?
そして、どういう手段が残されている?  

 

寒波到来!

水が出ない!
7時。目は覚めていたが、身体はすっぽり布団の中。
「水が出ないぃ!」

はぁ?

「洗濯が出来ない!」
ベランダに設置している洗濯機の前で家内が吠えている!
(寒さ?水道が凍っているのか?)
「ねぇねぇ、トイレの水は出るんだけど、洗濯機の水が出ないの」
風呂も予約してあって、家内は一番風呂に入ったはずだ。だから風呂の水もOKだ。
ベランダ設置の洗濯機だけ。
(水道が凍ってる?!)

ブブブー。ブブブー。
マナーモードの携帯が震える。
相手の表示は新宿店厨房の北山。
時計はまだ7時半。
「おはよ。どうした?」
北山はマルイの弁当を担当しているために、早番勤務。

この日は歌舞伎俳優「香川照之」から依頼されたチマキ100個がある。
9時に引取だ。ために、北山はいつも以上に早い出勤だ。
「社長!水が出ない!」

(えっ、こっちもか)
「トイレの水は出てますが、厨房やドリンクカウンターの水は出ません。」
(こっちも水道が凍ってる・・・? 寒波のせい?)
開店以来13年、初めてのフリーズ!
自宅は家内に任せて、とりあえず店へ向かう。

通りは、雪が道路脇に寄せられ、灰色の塊になってあちこちに放置されている。
いったん溶けた水が再び凍り、踏めば痛い思いをするのは確実だ。

店に着き、水道の元栓を確認。凍って回せない。
屋根続きの隣家「生ハム」へ行く。
「水、出てる?」
「ええ、出てますけど、どうかしました?」
隣とは同じ水道栓を使っている。断水の可能性はなくなった。
とすれば、配管の一部が凍っていると判断すべきだろう。

念のために管理会社に電話を入れるが、案の定「お休み」
「営業時間は平日10時から・・・」
と無機質なテープの声が流れる。一つの解決方法が消えた!

とりあえず9時引取のチマキだ。
何か解決方法はないか?
隣り「生ハム」、向かいのうどん屋「母屋」に行く。
歓[fun]と同程度の蒸し器がないか確認する。
やはり、ない!
また一つ消えた。
他に方法は?

北山が
「後楽園店で蒸すというのはどうでしょうか?」
すでに8時半。
行って帰って移動時間が約40分。蒸すのが最低で30分。詰め替えの時間を加算すると
「無理だよ!」と却下。

(待てよ!もしかすると起死回生の一手かも。)
考えれば考えるほど、これしかない!
というより時間さえ間に合うのであれば一番の妙手だ。
ナイス、北山!

チマキの依頼者である香川照之さんのマネージャーに電話を入れる。事情を説明。
「水道が凍る?東京でそういうことが起こるんですか!」
「時間はどのくらいかかるのでしょうか?何時頃引取に行けば良いのでしょうか?」
良い質問だ。
「今からバイクでチマキを後楽園に持って行きます。20分弱。後楽園店でチマキを暖める時間と梱包に40分。帰りも同じ20分。1時間半です。」
「今が8時半なので10時には間に合わせます。」
「わかりました。それでいきましょう。それから緑川スタジオに向かいます。ギリギリOKです。」

結論が出ると行動は早い。電話を切った携帯をポケットに入れる間もなく
「北山、チマキ積み込むぞ」
「水はどうしましょう?」
「建物の管理会社の電話番号を教える。10時から営業だが、たぶん9時半には誰か来てるだろう」
「マルイのお弁当は?」
「あそこは少々遅くても大丈夫だ。お昼のお弁当時間に間に合えばOKのはずだ。とりあえずマルイの店長に、遅れるって電話入れとけ。」
バイクのキーを回し暖機運転状態にする。
発泡スチロールと、弁当用の籠にチマキを詰め込む。
雪解けあとのアイスバーンを避けつつ、慎重にハンドルを握る。
後楽園店に到着。B1の管理人室を抜け業務用エレベーターに。
5F。
厨房の電気を付ける。スチームコンベクションのスイッチを入れる。
ブーン。
機械が稼働する。10度程度だった庫内温度がぐんぐん上がっていく。
100度に達するのに5分。それから25分。計30分のタイマーを設定。蒸し上がったチマキを発泡スチロールに詰め、熱が逃げないようガムテープで封印。
さあ、再び新宿へGO!
帰路は出勤時間と重なり、混み始めた。
(今日は25日。そうか五等日か。混んでるはずだ。)

10時5分。
新宿着。
近くセブンイレブン前に黒塗りの高級ワゴン車が停車している。
バイクのエンジンを止めると同時に、香川照之さんのマネージャーが近づいて来る。
間に合った!

身も心も凍り付いた寒い朝だった。

故障、故障、故障・・・連鎖

チマキが絶好調だ。
ビックリするぐらいの注文が来る。大手芸能プロダクションからの発注が来るのだ。
100個、200個は当たり前。つい先日は2000個という注文が来た。
そして年末、紅白歌合戦のスタッフへの差し入れ2000個も来る予定だ。
電話を受けた社員は、この注文に即答できず、私の携帯に
「どうしましょう?」
「厨房はどう言ってるの?作れると言ってるのですか?」
「厨房は大丈夫だそうです。」
「だったら、引きうけてください。引きうけない手はありません。」
 
すでにチマキはお店では作っていない。作って貰っている。アウトソーシング、歓[fun]仕様の外注だ。
委託先が受注に問題なければ、あとはチマキをスチームコンベクションで温め直し、アルミホイルを敷き詰めた発泡スチロールに詰め込み、ガムテープでガッチリ封印し、チマキの熱気が逃げないようにするだけだ。
運転免許を有し配達できるドライバーは私と厨房の調理長だけだ。料理に調理長は欠かせないために、いきおい配達人は私の役目になる。
 
調理長が
「スチームコンベクションの調子が悪いんですが。業者に点検させたのですが、修理にかなりの費用がかかるみたいで、夕方、その業者が社長に相談しに来ます。」
(えっ、脅かすなよ。わざわざ断ってくるところを見ると、何十万円単位だな・・)

夕方後楽園店から電話が来る。聞くと冷蔵庫が効かないという。
後楽園店は以前から換気ダクトの調子が悪いと言われ、空調業者に見積もりを頼んだばかりだ。これだって40万円という見積もりが来ている。

こういう故障ごとは往々にして重なってくるのだ。
うぅぅぅ・・・・・
スチームコンベクションだって、チマキの受注がある限り、必須アイテムだ。
うぅぅぅ・・・・・
私が故障しちゃう!

いくたとうま

「もしもし」で始まった。
鶴瓶さんからのチマキの依頼だ。

10月前半戦は大手プロダクションからチマキ1000個の注文があり「おお!」
対前年比を大きく上回り、新宿店絶好チョー!
それが10月後半は急ブレーキがかかる。
思うように売上が伸びない。
好事魔多しという文句はこういう時に使うのは適当じゃないだろうが、
「どうして?えっ?おっ?」
忙しい日も予約だけで終わる。フリーのお客様が来ない、というより歩いてない。
選挙のせい?
景気のせい?
わからない。でも10月も明日で終わりというこの時期に、こういう注文はありがたい。
鶴瓶さん、いつもいつもありがとうございます。

「キャロットタワーに明日や、持って行ってくれはるか」
「ありがとうございます。どなたに?」
「いけだとうまはんや」
「いけだ・と・う・ま様ですか?」
「違う、いげたや」
「えっ、いげた?」
「違うがな、いくたや」
もうこの辺になると、鶴瓶さんの声が尖ってきている。
「いくたですね」
「あんさん、知らんか?いくたとうまや!」
「スミマセン、テレビをあまり見ないんで・・」
「生田斗真を知らんの!」
なぜか私は自分の浮き世離れした(だろうと思う)姿に、笑いをこらえられなくなった。
聞こえたのだろう、私の笑い声に
「あんさん、笑てんの」
「スミマセン、スミマセン、堪えきれなくて」
「いくたのいくは生(なま)、たは田んぼの田(た)や」
はいっ。
『とうまのとうは北斗の斗(と)、まは真実の真や」
鶴瓶さんに最後まで言わせてもうた。
「はい、調べておきます」
時間と個数を効いた後
「ほんまに頼んまっせ」
図らずも鶴瓶さんとの漫才トークになった。

笑い声を押さえきれないアルバイトのお姉さんに聞いた。
「社長、今、旬の人ですよ」
絶句のあと、口をあんぐり。
側で10代のアルバイトが笑いをこらえていた。
そこには
「何がおかしいんだ!」
と怒れない私がいた。

夜遅く、ネットで「生田斗真」を検索。画像を表示。
「なんだ、俺の若い時にそっくりじゃん・・・・」

「歩」の無い将棋は負け将棋

藤井4段29連勝
すご~い!
おまけに14歳!

私も将棋は大好きだ。
短期間だが将棋道場に通っていたこともあった。営業的だったのだろうけど、壁に貼り付けてある道場の棋士一覧には初段のところに私の名前が書いてあった。ま、正直、実力はせいぜい2級程度。
ともあれ、これで将棋熱が高まることがあれば、とてもとても嬉しい。そして誕生した二人の孫が将棋を覚えて、私と対戦することがあれば・・・・とまだ見ぬ夢に心がワクワクしている。まだ半年ほどと1年ちょいの孫なのに。ジジ馬鹿だね。
 
最近、町会や商店会などの会合に参加する機会が増えている。5月には祭りの祭典委員長を仰せつかった。お店を構えてから12年経ち、
(ようやくこの町の人たちに迎え入れられてきた)
という感慨深く、とても嬉しかった。同時に(町に対して私に出来ることは?)と考えた。が、町の行事に対してほとんど知らないことに気がついた。
町に積極的に関わっていこうと、思った。
それは町のなかの人間関係を知ることでもあった。

二人以上集まると、夫婦喧嘩のように諍いの材料が出てくる。
この町にも、ボタンの掛け違えのような人間関係が見えてきた。
(えっ、どうして?)
ひとつひとつは些細なことであり、ちょっとした言葉遣いや気遣いで解決することばかりなのだ。
解決する方法を『排除』のみにすると世知辛い世の中になる。
(うわぁ、世間を自ら狭くしている)
この方はとても良い方なのだ。人の話にも耳を傾けてくださり、温和な顔立ちをされている方だ。
なのに、困難にぶつかると『排除』という方法を選択される。心に余裕がなくなってきている。
この方ばかりでない。町の要職にある方や長老と呼ばれる方たちも、何かあると
「あれは駄目だ」
「辞めさせちまえ」
と短絡的な言葉がすぐに出てくる。
一時の感情や短慮で、言葉を発するのだ。
最終目的がどこかに吹っ飛んで、ついでに集まった人たちも吹き飛ばしている。
この町のことでしょう。
この町に住んでいる人たちが楽しく穏やかに過ごすためでしょう。

私もたまに口にすることがあるので偉そうなことは言えないけどね。

水前寺清子の歌に「歩のない将棋は負け将棋」なるフレーズがある。
一番小さな力しかない「歩」
でも、「歩」の使い方を覚えれば、将棋力は格段にアップする。
そもそも「歩」がなければ将棋が成立しない。
「歩」が無ければ「王将」もなくなってしまいますよ。

将棋は一人で指すけれど、王様一人に頑張らせないで。王様が疲れちゃうよ。
王様には金銀含めて、働きたがっているたくさんの部下がついているのだから、部下を上手に使ってくださいな。

妻と二人の部屋は6階にある。
6畳のベランダ続きの部屋に二人の寝室がある。
いまだに一つ布団で寝ている。
 
ブ~~~~ン
あれ?蚊だ。
6階にも蚊が出てくるんだ。
暗くした部屋の、音を頼りに
ペシッ!
(うーん、はずした・・)
しばらくすると、またブ~~~~ン。
(うるさいなー)
タオルケットを引き寄せ、全身に包ませる。
隣りに寝ている妻の、足下の毛布をこそ~っと引き上げて、彼女の肌を膝のあたりまで露出させる。
・・・・・・
翌朝、
「ねぇ、蚊が飛んでたね。私刺されちゃったぁ」
「まだ、痒い」
ほんのり赤くなっている痕を横目に
「あ、そ、たいへんだったね」
仲の良い夫婦なのだ、私たちは。

アルバム

私には3人の息子がいる。
それぞれ大きくなった。
37歳、33歳、31歳。
上の二人はすでに結婚した。
昨年4月に次男が娘を、今年1月長男が男児を設けた。
名実ともに私も爺になった。
余り実感はなかった。仕事が忙しいのだ。
時折孫たちを連れて息子夫婦がやってくる。
長男の息子(孫)はまだ3ヶ月。床でもがいているだけの存在だ。
歩くようになり、言葉を話すようになれば、もっともっとかわいくなるのだろうが。
次男の娘(孫娘)は1歳になった。
歩く。
笑う。
メチャ可愛い!
どういうわけか、家内より私になついている。いや、まだ「なつく」という表現は出来ないが、少なくとも抱き上げて孫娘は泣くことがない。
現時点では孫娘の方が可愛い。私に女兄弟が泣く、生まれた子供が全て男だというのが影響しているのだろうと思う。
 

長男が生まれたとき、当時の父から貰った飾り兜と幟(のぼり)と鍾馗様を描いた掛け軸がある。部屋の奥にしまってあった。どこに置いたのやら・・・・。
もうじき端午の節句。孫の初めての節句だ。孫のために持って行ってやらねば!
その兜を捜した。見つけた。同時に長男のアルバムが出てきた。
鹿児島で生んだとき。
妻の実家、山形に連れて帰ったとき。
爺婆に抱かれているとき。
まだ突っ張っていた顔をしている私の腕の中。
初々しさの残る妻の乳房を加えているとき。
保育園の門をくぐったとき。
幼稚園の門をくぐったとき。
長男を中心とした思い出がいっぺんに蘇ってくる。
長かった道のりを、ここまで歩いてきた道のりを振り返って
「よう頑張ったなぁ」
 

涙が頬を伝う。
(えっ?)
涙の意味がわからない・・・
でも止まることなく涙が流れ出てくる。
孫のために出した兜と一緒に、長男のアルバムも一緒に持ていくつもりなのだが。
そのアルバムと一緒に、私と、妻と、長男と、その思い出が失くなる・・・・。
そんな思いが、涙を止められないのだ。
孫が出来た、家族が増えた、可愛い孫・・・
喜んでいいはずなのに。
すぐそばにいた妻も涙を隠せなくなっている。
間違いなく、ここに世代交代を感じる。
一晩寝れば、忘れる涙なのだろうが・・。

妻と二人だけの生活がもうじき待っている。
さあ、ラブラブな新婚当時に戻るぞ!
えっ?そう思っているの俺だけ!

とめられない!とまらない!

平成29年2月10日(金) 退院当日 朝7時45分
執刀医の先生が病床にやってきた。
(早い。でも、もうはずれるの?)
尿道口に繋がる直径1センチはあるかと思えるゴム管のことだ。
手術当日からずーっと差し込みっぱなしだった。
手術日当初は、ほぼ血液と同程度の真っ赤な尿が透明な管を流れ出てくる。
日を追うごとに赤い色は薄まり、2日ほど前からはほぼ尿の黄色か透明色になっていた。
それが間もなく外れるのだ。
尿道内にズーンと地響きのような軽い振動が・・・・
「終わりましたよ」
1分も経たなかった。
「尿がお構いなく漏れ出してくるので、そこだけ注意してください」
「午後から退院手続きになります」
 

退院準備の前に、ゴム管のせいでなかなか着替えられなかった下着を交換。尿道口や、まだふさがりきってないお腹の縫合後から出てくる血痕に汚れた下着やガーゼを取り替える。
 

と、その瞬間、予期しない状態で、下着から足を抜いたその時、おしっこがチラチラチラと流れてくる・・・。
(えっ?あっ?・・これっ、尿漏れって?)
今脱いだばかりの下着を手のひらに、漏れ出る尿を受け止める。
クシャミをしたりお腹に力を入れた拍子に出てくる尿漏れを想像していた。
おしっこする感覚も、現在進行で、している感覚も無いのだ。
どこからともなく出てくる感覚なのだ。
出てくるところが、あらためてみて尿道からだと確認できる。
チラチラチラ・・・・・
 
止められない!止まらない!
 
ベッド上ではなく、ベッド脇に立っての出来事だ。
床上にポタポタ。
流れ出てくる尿を受け止める、掌上の下着(タンク)は容量が満タンになってきた。
(えっ、あっ、どうしよう?)
流れっぱなしだから、動くに動けない。とりあえず手の届く範囲にあったタオルをあてがう。

尿漏れが気になり、一階売店で尿漏れパッドを買う。2枚組150円ほどの品。
この無感覚での尿漏れは個人差はあれ2週間ほど続くという。
早く正常な状態に戻れ!さあリハビリだ!
先生に聞くと、肛門周りの括約筋を鍛えるんだとか。
どうやって?

退院

2月8日水曜日
前立腺ガン摘除手術(2月2日)の経過を示す膀胱造影検査を本日いたしました。お腹の傷口はまだまだ痛むものの結果良好でした。
午後4時
主治医が入院棟、私のベッドに来て宣告していただきました。
「おちんちんの先についている管はギリギリ(退院当日)までつけてください。」
「管は10日(退院予定日)午後に外します。」
「その時いっしょにお腹をふさいでいるホッチキスの針も外します。」
「外れたら退院です。」
 
ジャーン、ジャジャジャジャーン!
まだホッチキスの針がお腹縦一文字に並んでいます。痛みもします。歩くごとに、身体と繋がっているゴム管が、越中褌(T字帯)に包まれた男性自身に、決して心地よくない刺激を与えてくれます。
ですが、半月ほどの入院生活も後二日。今しばしの辛抱!
 
主治医からは
「退院した日から、お酒も大丈夫ですからね」
という温かいお言葉。ただ
「自転車は1ヶ月ほど乗らないでください。」
(え?え?え?自転車って、サドルと接触する部分(股の間)も切ったっけ?)
「前立腺の位置がサドルに当たる部分から1センチほどの所にあるんです。」
「そこを切っているので、用心して欲しいのです。」

・入院中ずーっと尿道入口からゴム管を突っ込まれたまま縮こまっていた男性自身、尿道とゴム管の境目についた血痕を揉むように洗ってくれた看護婦さん、ありがとう。
 
・寝たままの私に
「腰を浮かしてください」
と言って、傷口の広がりを防ぐ腰帯を巻いてくれた看護婦さん。
(赤ちゃんプレイってこんなものか・・・)
と、全く反応しない我が身に情けなさを感じつつ、看護婦さん、ありがとう。
 
・狭いトイレの中、点滴棒(点滴液をぶら下げている2mほどの棒)と一緒に籠もり、ガウンをはだけ、T字帯を取り、さあ便座に座ろうとすると、ガウンとT字帯の裾が便器の中の水に浸っています。
(アチャー!)
用を足す前の水でけっして汚くはないのでしょうが、それを嫌な顔一つせず交換し
「今度は大きな多目的トイレを使いましょうね」
と、優しく諭してくれた看護婦さん、ありがとう。

ということで、元気な梅ちゃんは間もなく復活です。

あけましておめでとうございます。

あっという間に1月半ば。
ご挨拶が遅れに遅れました。
あらためましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお引き立てお願い申し上げます。
 
さてさて今年はどういう艱難辛苦が待ち構えているのやら。
まだ私が耐えられると思って、艱難を与えてくださるんでしょうね。
ありがたやありがたや。
でもね、たぶん、今年はいい年ですよ。
何の根拠もありませんがね、たぶん昨年が底でしたね。
もう後は上に上がるだけ。
くどいようですが、何の根拠もありません。 
 
それが証拠に、今年は長男坊に男児が授かります。あまり関係ないですね。
新年度の目標です。

1、今年は昨年以上にチマキをブレイクさせようと考えています。
ネーミングが出来ました。
「招福チマキ」もしくは「笑福チマキ」です。
良い名前でしょう!
深慮遠謀があります。
お祝い事に使っていただけるんじゃないかと思っています。
「笑福」は、チマキのお得意先である鶴瓶師匠のお許しが必要でしょうが、招く福はすぐにでも使えそうです。どちらにしても鶴瓶師匠にはお伺いしようと考えています。
そのうえで・・・・
夢は尽きませんが、まずは今年はチマキのブランディングから始まります。
年末には良いご報告が出来ますよう、頑張ってみます。結果をお楽しみに。

2、新宿区がこの医大通り商店会に助け船を出そうとしています。この医大通りだけではないのですが、大学と連携できる商店会がテーマで、地域活性化のモデルになりそうです。
正直この医大との橋渡しは私がやってきました。ある形で実を結びそうです。

3、まだ秘密裏ですが、密かに進行中の計画があります。うまくいくと収益の柱が別途誕生します。

流れがこちらに向かってきているのを感じています。
何の根拠もないと言いましたが、流れを感じているのが根拠です。

皆様もいい年でありますよう。そして時々私の方の経過報告を聞きに歓[fun]に来てください。
皆様の顔を見るのが何よりの元気づけになります。
今年もよろしくお願い申し上げます。

平成29年正月

歓[fun]店主 梅橋嘉博