光輝の卒業

 仕事場で二人の息子がいる。実の息子ではない。16歳、中卒で私のお店で働き始めた男の子の二人だ。
その二人とも4年間勤め上げ、一人は新しい就職先に4月から赴任する。この子は新宿店勤務だった。光輝という。
当初は全く使い物にならなかった。言われたことが右の耳から左の耳に通り抜けていた。みんなから冗談で、
「お前は3歩あるくと言われたこと忘れるからな。」
とからかわれていた。
その光輝、この一年は見違えるように仕事ができる男になっていた。繁忙期に時々手伝う社長の私に指図すらする。

仕事が見えるようになってきた証拠だ。よく頑張ってきた。
お店には二人女性が働いている。この二人が光輝を育て上げてくれた。

口うるさく、怒りながら、時に突き放しながら。光輝はよくこの二人について行ったし、この二人も諦めることなく光輝を育て上げてくれた。
その光輝が卒業だ。4月から新しい職場での就職が決まった。
調理にも興味を持っていたために、このままお店に居つくかと思っていたが。
でもここは彼の出帆を祝ってあげよう。
他の海で荒波に揉まれて力をつけて帰ってくることを期待しよう。彼が戻ってこれる職場を守り、帰りやすい、仕事のしがいのある会社に仕立てよう。

光輝、頑張って。オレも頑張るからな。



ネットで見つけた面白クイズ

1、春、夏、秋、冬、一年のなかで最も長い日数はどれ?
2、300円を持っていて、100円の菓子を買った。おつりは何円?
3、答えは超簡単。問題「1+1=?」答えは?
4、大トロ、一貫1000円。では、中トロはいくら?
5、3人の太った女性が一つの傘で相合傘をしていたが、誰も濡れなかった。なぜ?
6、木の上に鳥が5羽いる。5羽のうち1羽を狙って鉄砲で撃った。残った鳥は何羽?
7、中国人と日本人。中国人の方が白米をたくさん食べる。なぜ?
8、みかん9個を10人で等しく分けた。その方法は?
9、幼稚園、小学生、中学生、高校生、大学生。一番大きいのは?
10、畑に人参10本。8本抜いたらあといくつ?

答え
1、「1年」 

2、「なし」100円のお菓子には100円玉1個しか出していないから。
3、答えは「超簡単」
4、答えは「いいえ」中トロは卵の「イクラ」ではないから。
5、そもそも雨が降ってなかった。
6、答えは「ゼロ」鉄砲に驚いて鶏は全部逃げたから。
7、答えは「中国人」。人口は圧倒的に中国人が多いから。
8、ジュースにして分けた
9、答えは「幼稚園」。他は人だけど、幼稚園だけが建物。
10、答えは「8」。抜いた跡(穴)は8個。

医大通り商店会、2020年新年会

ホテルリステル新宿にて、2月8日土曜日、医大通り商店会新年会を開催した。
後楽園店の後始末に、特に1月末はメチャクチャ追われていた。
副会長建くんにおんぶにだっこ状態。
会長が頼りにならなくて、大きな負担だったろうと気の毒になる。
この建くんを自由に泳がせている、ライフコンシェルジュの山本社長にも頭が下がる。凄いと思う。
さて、新年会。ふたを開けてみると24名の参加。
新宿区の産業振興課の方、新宿区議、東京医大からと、商店会メンバーも若干含まれていたが、おおいに盛り上がった。
うれしい。
特にこの商店会、若いメンバーが多い。半数近くが30~40代メンバーだ。
活力を感じる。
同時になんとかこの活力を使える方法を想像する。
この方法すら、若い人たちに考えてもらおうという、ちょっと横着な考えがよぎる。
2次会まで行って、終わりは11時近く。実に5時間。
今日は気持ちのいい疲れ。

気力を蓄える

後楽園店閉鎖後、あっという間に10日が過ぎた。
金銭面の問題がまだ残っているし、だぶつく人件費をどう抑えるかという問題も残っている。しかし、心身ともに負担が軽くなった。ほんとに負担だったと思う。売上でも伸びていれば、疲れも負担も軽くなったのだろうが。
軽くなった負担を実感するとともに、ほんとに頑張ってきたんだと思う。
結果が出せなくて、出資してくれた方々、従業員のみんな、スミマセンでした。
 
遊んでいる余裕は全くない。
昨日の日曜日から新宿店(1店舗しかないのに新宿店という言い方はないのだろうけど・・)は営業した。
膨らむ人件費を日曜営業と早朝の弁当製造で補おうという算段だが結果は如何に。日曜営業の初日、売上は1万円強。
厨房の配置や食材の位置関係も把握してない状況で、この程度でとりあえず満足すべし。
さあ、少しずつスピード上げていくぞ!

後楽園店のカウントダウン

最終営業日が明日までとなってきた。
さすがに寂しい・・・。
後楽園店の営業年数6年。
6年はやはり長い。愛着を感じる十分な時間だ。
残存機材のリース物件を解約し、解約費用だけでほぼ100万円。
他にも店舗の原状回復に大きな費用が掛かる。
入居当時、リニューアルにほぼ1000万円使った。
退去にあたって、入居時に匹敵するくらいの費用がかかりそうだ。
家内が
「一生懸命やったけど、借金だけだったね、残ったの・・・」
「うん、だね。」
私と喧嘩をしながらも懸命についてきてくれた妻に、掛ける言葉がない。
これまでの軌跡を思い返そうとすると、ウルウルしてくる。
まだまだ超えなきゃいけない山がもう少しあるから、感傷に浸る暇はもう少し後回しだ。思いのたけに蓋をする。

重い気持ちを早く切り替えて、プラス方向に早く自分のパワーを使いたい。
もう少しだ。
もう少しで足かせが取れる。
もう少しだけ踏ん張ろう・・・

歓ファン後楽園店、撤退

新橋に「梅花メイフア」という糖質制限専門中華料理店を出したのが、東日本大震災のあった2011年4月。 14年2月に舞台を後楽園に移し、屋号を「歓ファン」に変更し、さらに営業を続けること6年。都合9年にわたる糖質制限レストランを閉鎖することに決定。

決定はずーと以前に決まっていたのだが、具体的な日時が決定したのは昨年師走になってから。 1月29日営業最終日。30日、31日と片付けがあり、そして店舗引渡し。
引き渡しに際して決め事がまだ細部まで詰まっていないために、まだまだ紆余曲折あるものと思われる。そのほとんどがお金にまつわるもの。私に資金的な余裕があれば打つ手も様々あり、そもそも撤退もまだ先の話だったと思う。
撤退に対しては、こちらに資金的にひっ迫した状態があるためにどうしても話しは受け身にならざるを得ない。それでもこの難局を乗り切ろうと考える。 あらゆることを想定、あらゆる方法を模索、あらゆる方にご相談。 それでも決定打は見つからない。 真摯にあきらめずに目の前の問題を一つ一つ解決していくしかない。それも1月末という時間制限のある中で。
精神的に非常に疲れるし、疲れが回復しない。たぶんストレスも相当溜まっていると思う。資金繰りを担う家内に至ってはなおさらと想像する。言葉だけのいたわりより「現金」。それに尽きるのだが、家内も気怠そうな表情を見せながら、なかなか弱音を吐かない。逆の立場だったら私は逃げ出すかもしれない。と、こんな妻と一緒に歩いてきたことを心から感謝。
後楽園のスタッフには全員に今回の撤退は伝えてある。驚き、落胆し、一部は涙ぐむ。が、気持ちが落ち着いた今、皆一応に仕事、お客様に普段と変わらない接客をしてくれている。手抜きや投げやりな態度を見せないのだ。 つくづく良いスタッフに恵まれたと、これまた感謝。
あと少し。あと20日ほど。みんな頑張って。そしてありがとう。

子育てと孫

ある記事の一節

「小3の娘が反抗期で妻が困り果てていたので
「人の命は3万日。父と母は残り2万日。同じ家に住むのは残り5千日。3人そろって休日を楽めるのは、どう頑張っても残り2千日」
と伝えたら、目を丸くした後、急に家事を手伝い「お出かけしよう」と言うようになった。
数字にだって気持ちは込められる。」

子供たちが巣立ち、その子供たちが育てる立場になっている。
孫の写真や動画がSNSでほぼ毎日のように届く。
生きるのに精一杯だった私たちの若かりし頃、ここまで子供達に構ってやれなかった。思い返しても流石にここまで子供に接する時間は作れなかった。
良し悪しは置いとくとして、子供の立場で、親(私たち)からここまで構って欲しかったのかな、と感じることがある。
さらに時間を戻して、私が子供の頃の記憶を呼び起こした。
誕生日や正月など、一年の間に数回しか卵料理を食べられないくらい貧乏だった。
親父が炭鉱で働き、母は専業主婦だった。女の勤め口などそうそうなかった。家をきりもみすることで大黒柱の親父を助けていた母。
顔が見えるほど母は近くにいたが、一緒に遊ぶ、構ってもらえると言うにはほと遠かった。
自然が舞台であり、虫や動物が先生で、同じく構って貰えない近所の子供たちと走り回っていた。
それが当たり前の時代だった。

孫が動き回り嬌声をあげている動画を覗き込みながら、時代とともに過ぎ去ろうとしている私がスマホにいる。

弱さの呪縛

経営に携わっていると、悩むこと苦しむことがたくさん出てくる。
人事、運営・・・・
景気が悪いと、特に出てくるのが金銭問題。
ここ数年赤字が常態でつきまとう。
さすがにここまで赤字が続くと苦しい。
水面に口を突き出してアップアップしている金魚状態だ。
 
自転車操業で止まることも降りることもできない。
お金をやりくりする経理部長(家内)を横目に、
(何とかせねば・・)
と焦るが、何とか何とかと思うばかりで具体的な方法は思いつかない。

なんでこんなに悩むんだろう
なんでこんなに苦しむんだろう

根本的なことを考えてしまう。
そうして、悩む苦しむ答えを自分で持ってないことに気が付く。
答えは絶対にあるはずだ。
あきらめた時が終わりなんだと、自分の中では踏ん張っている。
だが、いつまで踏ん張ればいいのか、どうやれば抜け出せるのか。

はたと気が付いた。
自分に答えがなければ、この答えを持っている人間がどこかにいる。
悩んだら人に聞け。
苦しんでいるのなら人に会え。
答えを持っている人がどこかにいる。

たぶん一番の問題は、
苦しんでいる悩んでいる自分をどこまでさらけ出せるか、
見栄も張りたくなる。
弱音を見せたくない、
弱い自分が一人になる怖さを知られたくない
私も含めてそこを抜け出せない。
人の弱さの呪縛がある。

 

猫が教えてくれたこと

最相葉月さんが書いた日経新聞のコラム。
身につまされたので、シェア。

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半年前、猫が死んだ。もともとウイルス性の鼻炎を患い、亡くなる数カ月前から出血が続いたが、最後はほとんど苦しむことなく静かに息を引き取った。人間でいえば80歳を超えている。十分生きたと思う。

飲んで食べるという生存の土台を自ら手放すことによって、いのちの炎を少しずつ消していった。寝ている時間が多くなり、食べ物を受け付けなくなってから3週間、水を飲まなくなってから1週間。だんだん呼吸の間隔が長くなって、最後に二つ、大きな息を吐いて臨終となった。

正確な死因は不明だ。レントゲンで腫瘍らしきものは見えたが、手術はむずかしいと判断し、対症療法的に鼻腔(びくう)の通りをよくする蒸気を嗅がせるぐらいで延命治療は行わなかった。これは過去に飼った2匹の猫をめぐる苦い経験が教訓になっている。

1匹目はベランダからの転落死、2匹目は腎不全だった。1匹目の衝撃が大きすぎたせいか、2匹目はとにかく死なせてはならないと何度も病院に連れていった。口をこじ開けて注射器でエサをやったこともある。この猫は苦しみながら死んだ。死に向かっている体を人工的に生き長らえさせたからだと思う。かわいそうなことをした。

末期がんだった私の父は8年前、尊厳死を遂げた。54歳で若年性認知症になった母のことは近い将来、私が判断しなければならないだろう。長い付き合いなので理解しているつもりだが、その瞬間に娘のエゴが邪魔しないとも限らない。私自身の番が来たときのことはもっとわからない。猫たちが身をもって教えてくれたことを胸に、よくよく考えておかなくてはならない。

月曜日のランチに選ばれないお店

今年に入り、1週間のほとんどを後楽園店で過ごしている。
50席ほどの店内で、平均ランチ数は50名。
新宿店のランチ数が席数40に対して60~70程度だ。80超えも珍しくない。4人席に3人だったり、二人席に1人だったりすることを考慮すれば、ほぼ2回転。
比較すると後楽園店のランチ数はどうしても少なく感じる。1回転しない。

夜の営業はともかく、まずランチから手がけようとして半年を過ぎた。
ランチタイムのサラダバーを導入。ほどほどの客入りでもサラダバー付近に人が群がるために入口当たりから見てると盛況に見えなくもない。お客様の反応もまずまずだ。
「よし、この調子で踏ん張ってみよう。本当に混み合うまでちょっとの辛抱だ。」

半年が過ぎた。
サラダバーの企画を出して2ヶ月後には10種類出す予定だった。しかしその間に職人さんが立て続けに2人辞めた。後任がなかなか決まらないうちに、とうとう厨房は一人体制になった。外国人調理補助をつけ、かつ調理人がお休みの時や2時間の休憩時には私が厨房にたつ。そういう状態の中、負担を考えて、厨房にはランチサラダバーの種類はコールスローを含めて7種類程度用意させた。メニューは何種類か出して貰っているのだが、原価のことを考えるとメニューがどうしても偏る。底を私が出来るだけフォローしている。
新宿からの道すがら、業務用の安売りスーパーがあり、そこで安いものを見繕っていく。
当日仕入れ、当日仕込む、即興サラダバーメニューだ。
そうやってランチの売上げを落ち着かせようと踏ん張っている現状だ。

だが、勤務ランチが伸び悩む。
おおむねお客様の受けは悪くない。が、それがランチ数として表れてこない。

大概のお店は、週の初めにその週のメニューを更新心してくる。昼食を過ごすのにランチ休憩が限られているサラリーマンにとって、ランチは貴重な時間だ。仕事で拘束されている一日で一番ホッとする時間だと思う。
そして月曜日、この週のランチが何かを偵察に来る。偵察の基準はいろいろあるだろうが、お気に入りのお店の様子を、まず最初に見に来る。
歓[fun]の新宿店が、まさにそのお店なのだ。その前の勤務していた新宿三丁目のお店から、そういうやり方で通してきた。そして、その区域のサラリーマンや住民に支持していただける仕組みを作っていた。それが当たり前だと思っていた。

月曜日の後楽園店、他の曜日よりもランチ数は10個ほど少なく感じる。
地域の方たちに支持されていない、少なくとも一番ではないと感じる。
後楽園店のある、地下鉄駅ビル5階に出店している、どの店も、月曜日は落ち着いている。
この地域での一番はどこ?
そして、どういう手段が残されている?