マンボウ喰っちまおうぜ!

魚のマンボウはかわいいが、12日にも始まりそうなマンボウはまったく可愛くない。こんなことするよりワクチンを早く入手、接種しろ!
諸外国(先進国)と比較しても確保率も接種率も圧倒的に低い。低すぎる。
これは政治の怠慢ではないのか。
国民に、飲食店に、我慢を強いるだけ強いて、挙げ句の果てに送別会だ、宴会だと。
・・・・・・・。

言いたいことはいっぱいあるけれど、また来週から営業短縮8時まで。
確かに、8時まで営業は、私の立場でも仕事終了後に呑みに行くところがない。
一般の会社員だって、飲食店が8時で終わるのであれば家に直帰する方が多いだろう。そういう意味では非常事態もマンボウも効果があるのだろう。

でもねえ、このまま行くと立ち上がれないよ。たぶん。
倒産件数は減っているそうだけど、自主廃業や閉店は増えているそうな。
お役所や議員の方、ここら辺の正確な数値も表に出してくださいな。
当然、飲食店に勤務する方たち(ほとんどバイトかパートの方たち)の失業数も教えてください。

厨房とホールを預かる女性と相談の上、コース料理の新メニューが上がってきた。
面白くない。何の変哲もない。
(そうか・・、考えつかないんだ・・)
言われることには素直に従ってくれて、それはそれで大変ありがたいのだが、「無難」な生き方をしているのだ。
悪いことではないのだが、コロナ禍の様な非常事態には逆に強い押し切りが必要になってくる。

急遽ミーティングをした。


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コロナ禍で、テイクアウトやデリバリーの需要が増えている。
お店の基本的なスタンスを変える必要性を強く感じている。
「今のままでは駄目。」「従来のやり方では通用しない。」
まず現状を変えることが、お店の維持につながるということを肝に銘じて欲しい。

●提案1、コース料理について

提出して貰ったコース料理は、何が特徴なのか、お客様に何を食べて貰いたいのか、お店側としてお客様に伝えたいのかがわからない。
三千円コースだろうが、五千円コースだろうが、1万円コースだろうが、メインディッシュは絶対必要だ。
もっと言えば「一品豪華主義」的なものが欲しい。
でないと、遠くからのお客様を呼び寄せきれないと感じているから。
有名店や高級店が、名前でもってデリバリーやテイクアウトに手を出している。
歓ファンのように立ち位置が中途半端なお店は一番苦しい立場に追い込まれる。
歓ファンでないと食べられる料理が欲しい。

例)
○【揚げや鯉の甘酢あん掛け】ビジュアルでお客様を圧倒できるもの。
・鯉の丸揚げなどは大昔流行って今更と思うかも知れないが、逆に今出しているお店は少ない。鯉が泥臭いのであれば、割と安価で入荷できるスズキなどを代用してみては。

○【北京ダック】
ダックは皮を食べる料理だが、ダックを鶏やウズラに変え、丸まるを揚げるなり、蒸すなりしてはどうか?

○【ソフトシェルクラブ】
鉄板ジュージューもOKだし、揚げるだけでも面白いと考えている。なるべくそのままで出しナイフフォークをつけて出す、あるいはその場で切り分けるの見せ場を作る。

土鍋麻婆がいまだに人気商品なのは、土鍋をグツグツ状態で出す手間暇をお客様が買いに来ていると私は思っている。土鍋も麻婆も単体ではさほど珍しくないが組み合わせで一手間掛けることで人気が続く。少なくとも近隣でグツグツしている麻婆は食べることが出来ない。

●提案2、五目焼きそばについて

歓の一番人気メニューは何かと尋ねたら、あるいは一番売れている料理と聞かれたら・・・?たぶん五目焼きそばだ。
でも今の焼きそばは、美味しくてもごくありふれたあんかけ焼きそばに過ぎない。
この焼きそばに関しては、もっと豪華で良いと思う。
現在高い原価率で推移しているが、焼きそばに関してはもっと原価を掛けてかまわないと思う。焼きそばが人寄せになるし、お客様に来店して貰えれば、ついでの「注文」は増える。

○素材
・今の様な四角い片で切るのではなく、白菜などは棒状で切る。
・材料的に安いが存在感のあるモヤシ、大根(細切り)、玉葱、筍(細切り)を使う。
・切り干し大根を使っても面白いと感じる。
・冷凍アサリも安価であり、歯ごたえ、コクともに申し分ない。

○仕込み
・肉(鶏or豚肉)を細く切り衣をつけて揚げておく。
・あんかけ直前に入れこみ、揚げたカリカリ感をだす。(カツカレー)

○調理
今と同様パイ皿に一人前ずつ仕込んでおき、注文が入ってから素揚げするのではなく湯通しする。替わりにごま油や葱油などで脂肪分を補う。油通しをしないことで油の節約になり、常に沸いているお湯を通すことでガス代金の節約にもなる。厨房が油まみれになることを防げる。料理そのものも低カロリーに抑えられる。
研究の余地ありと思っている。
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テイクアウト屋デリバリー業務、そしてECサイトと、コロナ禍でもやれる方法は探しているし、実行段階に移っている。
失敗するかも知れない。けど今のままでもお店は終わっちゃうよ。
同じく終わるんだったら、やれること全部やっちまおうぜ!
そうして、マンボウを食っちまおうぜ!

スマホ

春が逆戻りしたかの様な、今日は冷たい雨。
ランチタイム、12時前後に半分(14名)ほど埋まり、後30分ほどノーゲスト。
1時過ぎにお客様がポツポツ・・・そして二回目のノーゲスト。
コロナで、この雨で、仕方ないかぁ・・・と、感染防止で開け放たれたドアからお客様のいない店内に流れ込む冷気に余計寒々となる。

やることのない手持ち無沙汰に、ついついスマホに手が伸びる。
(いや、止めよう、スマホは)
ノーゲストの店内で本を開く。
本のタイトルは「スマホ脳」
まだ読み始めたばかりなので詳細は不明だが、きっとスマホを使いすぎるとこうなるよという、生物学的な見地を説明した本だ。

パソコン、スマホと一日に扱う時間はいかほどだろうか。
今日みたいに雨で、ヒマで、どこにも出かけられそうもなく、予定もないとなったら、きっと半日は触っているのじゃなかろうか。
だから、心のどこかで自重している自分がある。

小さい頃から身体を動かすのが好きだった。チョロチョロ動き回って落ち着きのない子だった。
高齢になった今でも、休みの日は動き回る日が多い。
6階にある自宅に、エレベーターを使わず、一日最低でも階段を2往復する。
老いて細くなった太腿の筋肉を今以上落としたくない。
いつかリタイアして自分の時間をもっと使える様になったときに、山へ行きたい・・・。山に登るだけの脚力は残しておきたい。その一心だ。

事情が許せば、山に住んでも良いと思っている。
そしてその時にはスマホは捨てる。
(息子たちや知人に)何らかの連絡手段は必要だと思えるので、固定電話や郵便物が届く程度は確保しようと思っている。パソコンなどメールを受け取れるものも最低限必要かも知れないが、スマホは勘弁して貰いたいと願う。

スマホを使う様になって、いや、スマホから使われる様になって、自分という存在や「生きる」という妙味が薄まってきた感じがする。
リアルタイムで流れてくる情報。無意識に求めるリアルタイム情報。
これがないと落ち着かない自分に、
(やっぱりちょっとおかしいよね)
と思うし
スマホに頼る自分の立ち位置に
(やっぱり自分という居場所が見えなくなっているよね)
そして一番肝心なことが、一番見つめ合わなければならない妻の顔を覗く回数が、スマホを操作することで少なくなっているのだ。

時間は有限だ。
その有限な時間の使い方には優先順位がある。
時間が無限に感じていたときは、様々な可能性を自分に見ていた。
今でも自分にいろいろな可能性は見ている。
しかし時間は有限だ。
可能性をしぼる必然がある。

スマホが出るまでは人は進化していた。
スマホは、人の進化を必要としていない。
むしろ・・・・・・。

見猿、聞か猿、言わ猿、謝させ猿

レジ前に小さな猿の置物がある。
親指大の置物だ。
誰が置いたか知らない。
たぶんお礼を言っているお猿だ。

掌をそれぞれの場所に置く「見ざる聞かざる言わざる」は知っているが、お礼をしている猿は知らない。
両手をついて丁寧にお礼を言っている様だが、私には平謝りに謝っている猿に見える。この猿、なぜか私にとって同類に感じる。

齢、今年68歳になる。
どんなに若作りをしても身体の衰えは隠せない。
顕著に出てくるのが、頭だ。
禿や白髪ではない。
中身が、頭の中身が老化・・・というより衰退しているような・・・

玄関先に、ほとんど毎朝、妻がまとめていたゴミが置いてある。
目に入っているはずなのに、スルーしている。
「どうして目に入らないの!」

家で食事を取る。魚だとか鶏だとかの骨を近くにあったゴミ箱に入れる。
「駄目ぇ。骨用のお皿を置いてあるでしょう。そこに入れて。後でまとめて生ゴミで出すから。」

お店で。
コンビニで100円コーヒーを買って来て、パソコン前に座って飲む。
お店の相棒の女性から、取っ手のついたグラスお茶を目の前に”トン”と置かれて
「ここに置いてあるお茶は誰のですか!」

「伝票がないんですけど、アスクルに頼んで貰えましたか?」
えっ?
「言ったじゃないですか。残り少ないから頼んでくださいねって。」

その都度、謝る。謝るふりをする。
その回数、増えた。
些細なことで、些細なミスが多くなってきた。
私の中では軽微なのだが、数が多くなると、軽微さに重さが加わり「軽」でなくなる。

この猿、なんか親しみが湧く。
私の代わりに頭を下げてくれている。
身体を小さくして・・・・・。

些細なミスで、些細な謝罪が、身体まで些細にしてくれる。
そして両手をついて謝ってくれる。
謝らさせてくれるから、謝猿。
私の分身だ。

緊急事態宣言から時短要請へ

3月25日木曜日・・・平日。
ランチ数20名。うち4個はTakeoutなので実質的に来店されたお客様は16名様。
平日コロナ前のランチが60個~70個だったので隔世の感がある。
コロナ禍が小さくなっているか増えているか関係ない。経営的には緊急事態がまだ続いているのだ。

厨房も手持ち無沙汰。
今日の夜の予約はある。6名様。
開店当時からの、濃いお客様だ。
そして定年退職という大きな区切りの送別会。
だがそれのみ。人通りを推察するに夜の予約以外のお客様は期待薄。
これは長引く。ワクチンが出回ったとしても経済回復は長引く。

ま、ヒマなのだ。限りなくヒマなのだ。
私の気持ちを率直に書く。

悲観もしてないし、追い詰められているわけでもない。
ホントに気持ちの上では淡々としている。
なるようにしかならん。
そういう気持ちなのだ。
現時点で打つべく手は打っている。それが効果があるかは別にして。

歓に古参になってきた女性がいる。
前勤務先からだと30年以上の付き合いのある女性だ。
今、歓はこの人抜きでは運営していけない。
それほど私は信頼している人なのだが、本日夜の営業前に少しだけ話す時間があった。
内容は、新入社(現時点では日雇い)した調理師のことについてだった。
コロナ禍で新規雇用はまだリスクが大きい、という質問だった。
「ええ、それはわかってます。雇用を増やすのはもっと先が現実的だというのは。」
「でも、攻勢に出るとしたら、その戦力を準備するとしたら今からやらないと間に合わない。。その準備を今やらないとしたら、逆に店を閉める準備をしなければならない。」
「どちらにしても苦しい選択です。やれところまでやって・・そんな気持ちです。」
と伝えた。

文面だけ読むと、悲壮感あふれているが、冒頭で書いた様に、私の気持ちは淡々としている。
その中で状況次第で、良くなれば(攻め時であれば)攻め、悪くなれば撤退を考え、と戦略も変わってくると思う。
そのタイミングを、判断を間違えないよう、気を配るだけのことだ。

だから、楽観も悲観もしてない。だから苦しくもない。
もし苦しくなるとしたら手元資金がなくなりかけた頃合いか。
もう少しだけ時間が残っている。


送別会があった

長らく宴会などなかった緊急事態宣言。
気がつけば歓送迎会シーズンまっただ中の三月。師走の次の繁忙月だ。
なのに今月の送別会は今日の1件のみ。
その送別会も11名で貸し切りにしてくれと。
会社から宴会のすべてに中止命令が出ているためだ。
40名は入る店舗に、パラ・・・パラ・・・パラ・・・と2~3名で席を囲む。
「定年で辞める方もいる。会社は禁止しているが、このまま別れるのは忍びない。」
という申し出だった。
宴会が壊滅状態の毎日。断る理由もなかった。
私に
「でも今日の宴会は他の部署にバレても苦情が出るから、絶対内緒だよ。」
宴席の仲間内の挨拶でも
「今日の送別会はありませんから。間違っても明日会社で”送別会”などと口走っちゃ駄目ですからね。」
と幹事さん。
いろいろと普段とは違う気遣い。こりゃ、たいへんだ。

宴席が終わりに近づき、主客に各人から送辞を送られる。
そして主客のご挨拶。
残ってる方々へ 力強い言葉で会社の行く末を 託していく。
他人の会社ながら羨ましくなる。
この会社、上場会社だから規模も大きい。
私の会社とはとても比較にならないのだが、ついつい自分の会社と比べている。
私には後事を託せる社員がいないのだ。

信頼できるスタッフはいる。
しかし今、歓のスタッフは一番若いものでも55歳だ。
その者とて、このコロナ禍でいつまで雇用できるか、実に不鮮明だ。
薄々気づいているのだが、スタッフの高齢化と比例する様にお客様も高齢化している。見えない閉塞感を感じる。

レジ脇に日めくりの「今日の一言」が飾ってある。
3月24日の一言は
「喜んで貰えることを喜ぶ」
飲食はこの言葉が一番実感できる職業だと私は思っている。
その回数もほぼ毎日だ。
だから私はこの飲食が好きだ。
でも後に続く者を育てられない。
これが悔しい。

送辞や答辞を聞きながら、会社のあり方、飲食のあり方をあらためて思う。
日本中が貧乏であり、職そのものも多くなかった時代に「食いっぱぐれがない」安定した職業だった。若手も多く集まってきていた。

私の勤務時間。朝8時半には来ている。弁当業務があるとき(1週間に3日程度)は6時30分に出社している。
途中休憩があったにしても終わるのは深夜11時というのはざらにある。
仕事に対する拘束時間は実に15時間あまりある。
生産性が悪いのだ。
勤務効率が悪いのだ。

一生懸命働く人たち、せめて私が関わる従業員に関しては出来る売る限りのことをしてやりたいと思う。
しかし一昔前と違って、生産性や効率が悪くなっている。

生産性を高められたら、給与もアップ。勤務時間も縮小。
それを見つけるのが私の仕事。
・・・・・・・
糸口さえ見えない。できるかな?




木くず

21日日曜日。
一日、強い雨にさらされた。
おかげで恒例の夫婦散歩も出来ず一日中家の中で捕らわれた状態に。

月曜日。ちょっと早めにお店に出てきた。
家にいるのに飽きたから。
お店の前にはどこから飛んできたのか、ベニヤ板の木くずが4個、5個と散乱している。あらためて昨日の強風強雨を教えられる。

鹿児島で過ごした少年期。
台風は毎年数個やってきた。それが当たり前だった。
ラジオやテレビから流れてくる台風状況を聞きながら、竹や板材で雨戸を固定させ、家に向かって飛来するものを防いだ。
年に数回の台風のたびに、雨戸を固定するのが当たり前の行事だった。

雨戸の外に吹き付ける風。打ち付ける雨。
合間を縫って雷音が響く。
親の心配をよそに子供心はワクワクし、雨戸に耳をつけて外の様子をうかがっていた。
今朝の木くずを見るにつけ、あの当時に負けないくらい、昨日の風雨の強かったのを知らされる。

場所も時間もまったく違っている。
だから「この程度の雨・・」と思ってしまう。
家も強固になった。道路もアスファルトになり草木が多い茂っている面積は少ない。木製の雨戸もサッシに変わった。風で吹き飛ばされる心配はない。雨戸の隙間から雨が滲んでくる事も考えられない。
「家も環境もあの当時より格段に良くなっている。

全体的には良い事なのだが、失ったものが一つある気がする。
「恐れ」
災禍の一つ一つを克服してきた人の歴史がある。
克服してきたから、これからも克服できると感じる。

東日本大震災。今回のコロナ禍。
明日は何があるか判らないとまざまざと見せつけてくれた。
恐れがなくなると人は慢心に包まれる。
よくよく考えてみれば地球の中心にはマントルがあり、マグマが渦巻いている。
そのマグマが固まった地表で我々生物が生きている。
何一つ安泰なものはないのだ。

「恐れ」が心の中で薄まっていくと、自然に対しての畏敬の念も薄まってくる。
ちり取りで拾い集めながら、
(どこか油断してないか?)
と木くずが自分に問うて来る。



千葉県知事選

面白い人がたくさん立候補している。
どこかの新喜劇を見ている感がある。
久しぶりに所信声明を見た気がする。
もちろん千葉県民ではないから投票権がないにもかかわらず。

加藤候補。
https://www.youtube.com/watch?v=BPSZYBaOfDo
お医者出身にもかかわらず、
(えっ?こんなの放送で流すの?)
終いには小池百合子都知事に公開プロポーズ。
よくやるよ。
百合子の心がぐらつくかも知れない。
でも
供託金300万円だよ。
約16万票取らなければ、没収だよ。
それでも立候補!

顔面を白く塗りたくって立候補声明している候補者もいた。
演説内容を聞いて、後ろの手話通訳のお姉さん、笑ってる。
供託金300万円だよ。
約16万票取らなければ、没収だよ。
それでも立候補!

他にもおもろい事を話している候補がいた。
千葉県はカオスだ。
千葉県が一気に全国区になる。
ここまで来れば、例えば右翼が立候補したり、廃品回収の軽トラアナウンスバージョンが流れたっておかしくない気がする。音量を少し絞ったうえで聞きたいが。


非常事態宣言による協力金

ほぼ毎日通帳記帳のため銀行に通う。
本日振込があった。
振込名は「トジタンキヨウ」とあり、金額は186万円。
おそらく「都・時短・協力金」の略だ。
ネット上での申請は2月22日からはじまり私の申請は2月28日だった。
3月5日時点で都の申請受理率は5%とあった。この数値を見て私の分はおそらく遅れるだろうと覚悟していた。が、案外早かった。助かる。

一日6万円。今回申請分は1月8日~2月7日までの31日分だ。
31日×6万円の186万円。
歓ファンの一ヶ月売上は400万円前後。
営業日数25日で割ると一日平均売上は16万円ある。
だから一日6万円の支給は少ない様に見える。
しかしまったく営業しないとなると、仕入れ代金約3割は不要になる。
◎約120万円。
水道電気の光熱費も大幅に減る。月によって変わるが電気ガス水道合わせて約25万円程度。これが4分の一程度まで減る。
◎約63千円。
コロナ禍でも人件費はほぼ削れない(時間調整して貰って多少減額したが)。
家賃も一度も減額してくれない。
よって上記の160万円が浮き、固定費(人件費+家賃)と諸経費(返済、年金、リース代金)がそのまま維持費となる。
人件費を削るのは効果が高いが、営業が通常に戻ったときに稼働できない。
それに何より社員及びその家族の生活維持は会社の責任だ。

時短要請中もランチだけは営業していたので、上記よりも仕入れ金額や光熱費はかかった。
こうしてみると一日6万円ではまったく不足だ。単純に一日平均16万円売り上げるお店に6万円の補填があっても厳しい。

が、一人か、夫婦でやっているお店は、あるいは一日6万円以下の売上しかないお店は6万円補填で充分にまかなえる。おつりがでる。
こういう非常事態は即効性がものを言う。だから優先順位が速さであり、金額の多寡だ。だからある程度の不公平感は仕方ないと思う。

コロナ発生し、パンデミック状態になって一年以上になる。その間に持続化給付金など様々な手当が行われた。当初の一回、二回はやむを得ないとしても、一年以上経った現在でも不公平感が残る施策は・・・・・。

もう少し知恵の絞りようが合ったと思う。
こういう施策に対して火事場泥棒の様な悪用する人たちは必ず出てくる。
そういう悪用させないために作られたガイドラインも複雑怪奇。

給付金、協力金、支援金、助成金、補助金、名前が違うもの。
厚労省、総務省、都、区、それぞれの自治体や団体が配るもの。
融資種類も似た様な名称でいろいろな資金が出ている。
個人で受けるもの、会社で受けるもの、商店会や町会など自治会で受けるもの。

それらを組み合わせると多種多様でとてもじゃないが覚えきれない。
壁には、資金の種類、金額、募集開始時期、募集締め切り日、申請書発送日時、申請受理決定日時、送金受理日などの項目を書き入れ、チェックシートにして貼ってある。
そうしても頭の中は整理がつかず、混同する場合が多々ある。

時短協力金が振り込まれて少しホッとした。
が、素直に喜べない自分がどこかにある。
正規に儲けたお金じゃないから、ギャンブルで得た不労所得に似た金銭だから。

私の中のお金の価値が変わった。
通常に戻ったときに私の金銭感覚も元に戻るだろうか?



プチ断食

一週間に一回か2回程度プチ断食をしている。
16時間以上というプチ断食だ。
睡眠時間を8時間だとすると、この8時間を含めて16時間のプチ断食。
例えば私の場合。だいたい夜寝るのが12時ころで目覚めは朝6時半ころになる。
呑みに行かない限り(呑みに行くと平気で深夜2時頃まで飲み食いする)、夜食は夕方6時頃。多少お腹がすくので夜10時頃に一寸食べる。
10時食べてから睡眠時間を利用して翌日3時頃まで食べないでいるとプチである16時間断食が完遂できる。

ダイエットのためではない。このところ私の血糖値が高止まりしているためだ。
本気で血糖値下げようと思っている。
でも糖尿病の方。特に血糖値下げる薬を飲んでいる方、少し注意してください。
プチダイエット中に薬飲んじゃ駄目です。
身体の状態関係なく、薬は血糖値を下げます。低血糖に陥ります。
心拍数が上がり(ドキドキして)、フラつきます。危険です。
常用する血糖値の薬があれば、夕方食後に服薬してください。

--★参考記事★-------------------

16時間はなにも食べるな」最新医学が勧めるプチ断食の3大効能

食べすぎを防ぎ、健康を保つにはどうすればいいのか。『「空腹」こそ最強のクスリ』(アスコム)を出した生活習慣病の専門医、青木厚氏は「空腹は体重や体脂肪は減少させ、糖尿病、がん、心筋梗塞や狭心症などの予防にも効果がある。16時間は何も食べないほうがいい」という――

アメリカの最新研究が証明、「空腹」こそ長寿と健康のカギだった

食べすぎを防ぎ、健康や若さを維持する、シンプルな方法。それは、「ものを食べない時間(空腹の時間)を作ること」です。「プチ断食」といってもいいかもしれません。

近年、アメリカの医学界では、空腹(断食)と健康に関する研究がさかんに進められ、その結果、断食が体重や体脂肪の減少につながること、そして、糖尿病、悪性腫瘍(がん)、心血管疾患(心筋梗塞や狭心症など)、神経変性疾患(アルツハイマー型認知症やパーキンソン病など)などの予防に効果があることが分かってきました。

プチ断食をすると、どのような効果が得られるのか、体に何が起こっているのかをみていきましょう。実は、断食実行中、体の中では3つの奇跡が起きているのです。

医学的理由内臓の働きを復活させ、活性酸素の害から体を守る

一日3食とったり、食べすぎたりすると、前に食べたものを消化している間に次の食べ物が体内に入ってきます。内臓は休むことなく働き続けなければなりません。当然、内蔵は疲弊してしまいます。

疲れた胃や腸、肝臓などは働きが鈍くなります。すると、栄養をしっかり吸収できなくなり、老廃物もきちんと排出されなくなります。腸内環境も悪化するため、免疫力が低下し、体調不良になったり、病気にかかりやすくなったりすることもあります。

プチ断食を行い、まとまった「空腹の時間」を作ると、まず、内臓の働きがよくなります。休憩をとった内臓は、疲れがリセットされて、しっかり働いてくれるようになり、下痢や便秘、アレルギーや体調不良なども改善されるはずです。週に1日でも、まとまった「空腹の時間」を作れば、内臓は十分に休むことができます。

さらに、プチ断食によって一時的に栄養が足りなくなると、活性酸素を除去する酵素が増え、活性酸素の量が減るともいわれています。つまり、活性酸素がもたらす細胞の老化や病気を、予防することができるのです。

医学的理由脂肪の分解、血流の改善で、生活習慣病をまとめて遠ざける

私たちが食事で摂った糖質は、腸管で消化・吸収されます。それから血液に乗って肝臓へ、さらに全身へ運ばれて、脳や筋肉、内臓などが働く際のエネルギー源として使われます。余った糖質の一部はグリコーゲンとして筋肉や肝臓に蓄えられ、そこでおさまり切らなかった分は脂肪となって、脂肪細胞に蓄えられます。

「空腹の時間」のあいだ、体は、外部から糖質を補給できません。そこで、まず肝臓に蓄えられたグリコーゲンを利用して、エネルギーを作ります。

そして、「空腹の時間」が10時間ほど続くと、肝臓に蓄えられたグリコーゲンが尽き、体は脂肪を分解して、エネルギー源に変えようとします。つまり、空腹の時間が長くなればなるほど、体内の余計な脂肪が分解され、減っていくのです。特に内臓脂肪は、皮下脂肪に比べて落ちやすいという特徴があります。

脂肪が分解されると、血液中の脂質が減り、圧迫されていた血管が解放されます。「空腹の時間」が12~24時間になると、血液中の糖質も20%程度減るとも言われています。

プチ断食で「空腹の時間」を作り、内蔵を休ませてあげると、血液や血管の状態が改善されて血流が良くなります。高血圧や血行不良にともなう体調不良も軽減されるはずですし、がん、糖尿病、動脈硬化、心疾患、脳血管疾患といった生活習慣病のリスクを、かなり減らすことができるのです。

プチ断食が体にもたらす最大のメリット

医学的理由オートファジーで、若々しく健康な体を手に入れる

プチ断食が体にもたらす最大のメリットは、なんといっても「オートファジー」の仕組みを発動させることにあります。

オートファジーとは、細胞内の古くなったタンパク質が除去され、新しいものに作り変えられるという仕組みです。「空腹の時間」が続くと、体は生存するために、なんとか「体内にあるもの」でタンパク質を作り出そうとします。

このとき、細胞が内側から生まれ変わります。そのため、オートファジーには、がんや糖尿病をはじめとする生活習慣病、アルツハイマー型認知症、感染症などの予防効果や、肌や筋肉などの老化防止の効果があると考えられています。

また、細胞の中には、ミトコンドリアという小器官が、数多く(細胞全体の10~20%程度)存在しています。ミトコンドリアは酸素呼吸を行っており、食べものから取り出した栄養と、呼吸によって得た酸素を使って、ATPという細胞の活動に必要なエネルギーを作り出します。ATPは「生体のエネルギー通貨」と呼ばれています。

新しく元気なミトコンドリアが細胞内にたくさんあればあるほど、たくさんのエネルギーを得られ、人は若々しく、健康でいられるわけですが、オートファジーによって、このミトコンドリアも新たに生まれ変わります。

古くなったミトコンドリアは、大量の活性酸素を発生させるのですが、オートファジーによって細胞が新しく生まれ変わることで、活性酸素の量が減り、体へのダメージを軽減できます。

オートファジーがもたらしてくれる恩恵は計り知れません。細胞が生まれ変われば、体にとって不要なものや老廃物が一掃され、細胞や組織、器官の機能が活性化し、病気になりにくく若々しい体になるのです。

2016年には、東京工業大学の大隅良典栄誉教授が、オートファジーの研究でノーベル生理学・医学賞を受賞しています。オートファジーは今、世界中の注目を集めているといえるでしょう。

オートファジーのスイッチが入るまで「16時間」

ただし、オートファジーには、ある特徴があります。食べものによって得られた栄養が十分にある状態では、オートファジーはあまり働かないのです。

そもそも、オートファジーは、体や細胞が強いストレスを受けた際にも生き残れるよう、体内に組み込まれたシステムです。したがって、細胞が飢餓状態になったときや低酸素状態になったときにこそ、働きが活発化します。

具体的には、最後にものを食べてから16時間ほど経過しなければ、オートファジーは活発化しません。つまり、16時間の「空腹の時間」を作らないかぎり、オートファジーによって細胞を生まれ変わらせることはできないのです。

「プチ断食」のハードルは、それほど高くはない

とはいえ、「断食」という言葉を見て、「なんだかしんどそう」と思ったり、拒否感を覚えたりする人もいらっしゃるかもしれません。
けれども、たとえば、仕事や家事、育児などがあまりにも忙しくて、食事どころではなく、ほぼ丸一日、何も食べずに過ごしたといった経験はありませんか。あるいは、何時間も食べるのを忘れてしまうぐらい趣味などにのめりこんだり、休日ずっと布団の中でうとうとしているうちに、気がつくと前日の夕食から何も食べていなかったり。
私からすれば、これらも立派な「プチ断食」です。ひたすら、ひもじさをガマンするような過酷なことをする必要はありません。
できるだけ無理なく「ものを食べない時間」を作り、
・胃腸や肝臓などを休ませてあげること
・脂肪を燃焼させ、減らすこと
・血液の状態を改善させること
が大切です。

睡眠時間8時間+プチ断食8時間がベスト

では、具体的にはどのくらい「空腹の時間」を作ればよいのでしょうか。
私はこれまで、医師のひとりとして、「断食」に関するさまざまな論文を読み、また血糖値のコントロールに苦しむ糖尿病の患者さんたちの治療にあたってきました。さらに、自分自身でも「プチ断食」を実践し、効果を注意深く観察して、どうすれば「空腹」の効果を最大限に享受できるかを考えてきました。

その結果、たどりついたのが「16時間のプチ断食」です。
「長い」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、睡眠時間とうまく組み合わせることで、無理なく実行していただけるはずです。たとえば、「一日8時間眠っている」という方であれば、睡眠の前後合わせて8時間、食べずに過ごせば、16時間のプチ断食を達成することができます。

大事なルールはただひとつ

いかがでしょう。なんとか実行できそうな気がしませんか。もちろん、まずは週末だけチャレンジするなど、できる範囲で始めていただいてかまいません。たとえ週に一度でも、「空腹の時間」を作れば、「内臓を休める」「脂肪を減らす」「血液の状態を改善する」といった効果に加え、オートファジーによる細胞の生まれ変わり効果を享受することができるのです。

大事なルールはただひとつ。睡眠時間を含めて16時間、何も食べない時間を作ること、それだけです。残りの時間は何を食べてもかまいません。さらに『「空腹」こそ最強のクスリ』には、断食中の過ごし方のコツや、プチ断食を組み入れた生活スタイルの作り方など、みなさんが上手に「空腹の時間」を作ることができるように、いろいろなヒントを載せています。ご興味があるようでしたら、ぜひご覧ください。
「空腹の時間」は、一日3食の習慣や食べすぎが体に与えていたダメージをリセットし、体を内側から蘇らせてくれます。ぜひ明日から、あるいは週末から、プチ断食を始めてみてください。空腹こそが最強のクスリなのです。

貧乏な日本人は死んでいく。

『レコードチャイナ』とか『サーチナ』などの日本人語表示の中国サイトをよく閲覧していた。
今でも時々目を通しているのだが、最近はどうにも日本向け「太鼓持ち」記事が過ぎるようで、眉につばを塗りながら見ている。

簡単にいうと「日本はすごいぞ」「日本は楽しいぞ」「日本はたいしたものだ」
というテーマがサイトの背景に流れてるのだ。
読んでいても楽しくなる。
・民度が高い
・ゴミが落ちてない
・秩序がある
・順番は守る
・品質が高い
などなど具体的な例を挙げてコメントが上がってきている。
批判記事は著しく少ない。
意識的に批判記事を少なくしている気がする。あるいはポジティブな記事だけをアップしている。
読んでいて楽しいし、嬉しい。だけど眉唾なのだ。

日本は間違いなく貧乏になっていると感じる。
コロナ前のインバウンド人気は総じて物価が安いからだ。
前述の日本の良いところを体験したくて来る人もいるだろうが、物価が安くなったせいだと私は思う。

物価が安いというのは、安くしないと売れないからだ。
日本人の購買力が落ちている。
若い頃は、お父ちゃんの稼ぎで一家が養えた。今は共稼ぎでも余裕がない(ところが多い)。
会社が副業を認めだしたし、政府も推奨するようになった。
税収が追いついていかないせいだと思う。
税収というのは公務員や議員の給与(生活費)でもある。
政府が、直接の社員でもある公務員の生活を豊かにするために税収を増やすしかない。
消費税増税など国民の大きな苦情がきた。増税が難しいから所得を増やす方法を編み出し、結果的に税収を増やすという二段階構えをしている。
年金拠出金不足も手伝っているのだろうと推察している。
国民の収入が増えれば必ず税収も増えるのに、国民が貧乏なまま税収を先にやろうとするから、悲鳴が上がる。

ラーメン1杯800円程度が、アメリカでは売値2000円だと聞いた。
今の日本で、ランチ価格を数十円上げるのだってかなりの決断が要る。
数百円の値上げとなると、会社は自分の首を絞めかねない。

一方株価は上がっている。
株を持てる人買える人と、持てない人買えない人の格差は広がる。
要は金の流れが庶民に回ってこないのだ。上流で水を堰き止められ(堰き止める意思はないのだろうが)、下流は流れてこない水で右往左往している状況だ。
格差が広がっている。

世界中で蔓延しているコロナ禍。各国で大なり小なりの苦労が窺える。
コロナウイルスそのものもたいへんなんだろうが、仕事を奪われた人たちが「貧乏」という奈落に落とされる。元々金銭的な余裕のない人たちが奈落に落とされると、自らを落とす。自殺だ。
経済的に立ちゆかなくなり命を落とす人は、コロナウイルスのそれよりもはるかに多い。
私がいまだにコロナウイルスを疑問に感じているのはこの点なのだ。「幽霊の正体見たり枯れ尾花」的な、ホントはコロナってそんなにたいへんなウイルスなの?
例年だとインフルエンザの方が罹患率も死者数もコロナを上回っているのに。
コロナでなくなった方たち、その年齢を教えて欲しい。
コロナでなくとも寿命だった方たちもたくさんいらっしゃるのではないの。
人が勝手に大きくして、そして関係なく命を落としていく。どこかがおかしい。

そしてコロナに感染しなくとも仕事を奪われて貧乏になる。
貧乏は、最後の選択肢も少なくしていく。