コロナ再び-その2-

ここへきてのコロナ感染数、連続増加の報。
ランチだけでも通常の8割程度まで戻ってきたと思ったのに、先週の金曜日、そして今日、月曜日。ランチ数の伸びが重い。
夜はさらに厳しい。
「倒産」という川を背にした「背水の陣」は、連日コロナの波状攻撃を受けると、実に厳しい。気を吐いているのは数日前にオープンした「博多ラーメン」のみ。ま、開店ご祝儀の分も手伝っているのだろうから、少し差し引いた繁盛と思ったほうが正解だろうけど。

本日3時ころ社員を集めてのミーティング。
今までは短縮勤務や休暇を薦めていたが、社員の給与は満額出していた。
しかしここにきて運転資金が枯渇してきた。
とにかく売上がない。なさ過ぎる。
お昼が戻ってきたなぁと少しホッとしていた矢先、この連日の感染者数増。

具体的に1週間のシフト表を提示し時短の指示を出した。たぶん給与は2/3程度になる。社員の生活を考えると、この減額はかなり厳しいと思う。思うが、この数日の売上や、数か月先、1年先の売上予想を考えると、会社の倒産が現実味を帯びてくる。

このブログでは、なるべく悲観的なことは書きたくない。
私は達観(開き直っている)しているのだが、この段になってもまだ生き残りを謀っている。

「色即是空、空即是色」
形あるものは、いつかはなくなる。
そうは思っていても、もう少しあらがってみようと考える。
2、3手は打つ手がある。その手が悪手かどうかを確認している最中でもある。

どうなるのかな・・・。
まったく読めないな・・・。
読めないから、どういう手が正解か、も読めない。
かといって、行き当たりばったりでも行き詰るのは目に見えてるし。
ここが経営者の力の見せ所なのになぁ。
と、最善酒を目指して

コロナ再び

コロナ感染者数が減らない・・・どころか増えている。
そのたびに”東京””新宿””歌舞伎町”と連呼されれば新宿からお客様が逃げていく。それどころか、地方から「東京の人間は来ないでくれ」と・・・・。
コロナ=東京じゃないか!

「幽霊の正体見たり枯れ尾花」
どう考えても騒ぎ過ぎだと思う。
コロナで倒産、自殺という方も少なからず出た、と聞いた。
このポスターに書いてある通りテレビ局が煽りすぎだ。
日テレの「スッキリ」という番組。
コロナ禍でも人手が出ている場面が欲しかったのか、アーチのかかる「歌舞伎町一番街」の看板が画面に映る。
うんざりしながら見ていると、次に映る画面は見たことのある街角が数点。1秒もしないうちに切り替わるが、間違いなく新宿三丁目の風景だ。一見、人がたくさん出ている風に見える。しかし実際はコロナ禍で通りに椅子テーブルを出して三密を避けている店舗の工夫なのだ。だから店内はガラガラ。これだけ「歌舞伎町」、「ホストクラブ」と連呼すれば歌舞伎町だってガラガラだ。
それだとテレビ的に絵にならない・・・・・・。
それが「歌舞伎町一番街」のアーチ看板であり、新宿産地丁目界隈の路上飲食だ。


コロナ前の原宿竹下通りを、コロナ後でも人通りが絶えない場面で使った、テレビ局の小汚い手口と一緒だ。
でも、たぶんこれはテレビ局は関知していない。下請けの番組制作会社の仕業だ。安易に請け負い、身勝手な忖度をし、面白、可笑しくを趣旨とする制作会社の判断だ。
もちろん最終的な責任はテレビ局にあるのだろうが、キー局もそこまで気も手も回らないというのが実情だと思う。下請けに回す制作会社の質が確実に落ちているし、そこに勤めるスタッフが仕事や世間をなめているのだ。いつかしっぺ返しがくる。

コロナが、メンタルの弱くなった日本や日本人をあぶりだしている・・・・・・・。

糖質制限とフカヒレの姿煮

私の調理師歴は17年ある。新橋の新橋亭(しんきょうてい)をスタートして実に様々なお店を渡り歩いた。その中で比較的長いお付き合いをさせていただいたのが前勤務先「胡座楼あぐらろう」のO調理長。今は引退されている。
この人のもとで様々なお店に修行に行かされた。様々なお店を渡り歩いた主な理由だ。調理の師匠は一貫してこの方だった。

この調理長、料理に関しては天才だと、私は今でも思っている。
この方の下で育った調理人は、私の知っているだけでも10指に余る。
かくいう私もそうだったし、歓ファンの前調理長も兄弟弟子だ。
残念ながら調理師としての私は大成しなかった。

その修業時代のこと。
今でこそ冷凍でフカヒレは入荷するが、あの当時はフカヒレもツバメの巣もアワビもナマコも、乾物状態から時間をかけて戻した。
戻すにもそれぞれ素材なりの苦労があった。
・ツバメの巣は乾物の中に混ざっていた細かいゴミを爪楊枝でえり分けていた。
・ナマコは油を一切嫌う。油を扱う中華の厨房で、丁寧に丁寧に手を洗ってから下処理をした。水面に少しでも油膜が残るとメチャクチャ怒られていた。

フカヒレは「く」の形をした乾物を、
1、骨が残る部分を中華の出刃包丁でたたき切り落とす。「く」が「✓」の形になる。1階に処理する枚数はだいたい20枚程度。あの当時で1枚2000円~3000円した。今思い出してもかなり大きいフカヒレだった。お店に出すときは3万円程度に変化する。
2、一回お湯を潜らせ、柔らかくなった鮫肌表面の黒い薄皮を亀の子タワシでそぎ落とす。海鮮ものの特有の臭みが調理場じゅうに広がる。
3、一旦洗ったフカヒレを、大きなボールの底にザルを置き、ボール縁に沿って並べる。たっぷりの水を張る。弱火にかける。後は沸騰を待つだけ。
4、沸騰を待つと言ったが沸騰直前で火を止める。煮崩れが起きては商品価値がグーっと下がるからだ。火を止め、水を変える。また火にかける
5、これを一日2回、約10日間かけて、口の中で「くッ」と軽く噛み切れるくらいの柔らかさまで持って行く。
下処理は以上。お客様から注文が来る。
6、調理に使うのは白湯ぱいたん。当時使う調味料は醤油と胡椒だけだった。
7、鍋にネギの香りのついた油を馴染ませ、白湯、フカヒレと置いていく。
8、鍋の中のフカヒレに、フカヒレ脇に滲む白湯をオタマで掬(すく)ってはフカヒレにかけていく。こうしてフカヒレに味を含ませる。
焦げを防ぐために鍋は常に釜の上で回す。時折ネギ油を垂らすようにつぎ足し、フカヒレを鍋肌にそってなめらかに滑らせる。
9、フカヒレ下半身に味が含まれたころ合いを見計らって、鍋を大きく振り回す。フカヒレを空中で一回転させるのだ。
余談だが、この時の調理長が一番かっこよかった。反転させた勢いで煮崩れを起こしてはこれまでの努力が一切無駄になる作業だ。かといってヘラで返すようでは、部下の手前、カッコつかない。まだ職人技が生きていた頃だ。
10、返したフカヒレを同じようにネギ油を鍋肌に回しながら味を含ませていく。
11、別鍋で湯通しした青味(当時は青梗菜か芯取菜)を皿に敷き、かぶせるようにフカヒレを置く。鍋に残った煮詰まったタレをかけて仕上がる。
白湯と醤油が混ざった薄茶色のソースにネギ油の光沢が、実に旨そうに仕上がる。

フカヒレの姿煮、実に手間のかかる料理だ。料理の価格はこの手間代と言っても差し支えない。高級料理店を働いているときには、フカヒレ姿煮あんかけご飯を賄いで食べていた。食べること、味を確かめることが修行のひとつだった。


長い説明文のなかに書いたように、砂糖は一切使っていない。
素材のフカヒレはコラーゲン豊富だが、糖質はない。
なのに糖質量は多い。トロミを引き出す片栗粉に原因がある。
普通の家庭で作るあんかけ料理とプロが作る料理の大きな差に、この片栗粉の使い方がある。
片栗粉の粘度をネギ油で切っていく。白湯を加え、ネギ油で切るという作業を繰り返すことによって、数十年寝かしたようなトローっとしたソースに仕上がってくる。そのソースがフカヒレに絡むことで旨味が二倍、三倍になってくる。

増粘剤は他にもあるが、片栗粉にまさるトロミはない。
結果的に片栗粉は普通の料理のあんかけより多く使う。
糖質が高い理由だ。
でも私は厨房に制限させてない。
ここは料理屋だから、この「美味しさ」は妥協してはいけない場面だと信じているから。

行列

歓ファンの目の前に「博多食堂」という名前のラーメン屋さんが出来た。
昨日グランドオープン。
1日目ラーメン1杯100円、2日目200円、3日目300円という大盤振る舞い!
1日目は30名~40名ほどの行列が11時からほぼ3時間近く並んだ。
すごーい!
2日目は、ちょっと少なく、それでも20名様の行列が開店11時より2時間たった今でも続いている。

車の通りが多い医大通りだが、博多食堂の周りだけは車でなく人が密集している。商店会長としての私、この賑わいはとても嬉しい。

ただ、行列に並ぶというのは私的には好きじゃない。
時間がもったいないと感じる。
30分並んだとして、最低労働賃金1000円(東京都は1014円だが)と計算しても500円を費やす。
ラーメン1杯100円だとしても、30分並ぶことで実質600円のラーメンだ。
さほど安いとは思えない。
ラーメン及びその原材料である小麦や豚骨は無限に生産できるが、時間は有限だ。特に年を取ってくると、時間がとてももったいないと感じる。

一方、お店の立場になって考えてみる。200人の人が一人30分程度並ぶと、200人×500円で10万円でお店の宣伝を担ってくれることになる。
経営者目線で見ると、これはホコホコするくらいうれしい。

小さいころに漢詩の一部を取った
「少年老い易く学成り難し」
と唱えさせられ学んだたことがあった。意味も教えてもらった。
だが、実感として理解できなかった。
あの年齢の時には時間が無限に感じられたからだ。

人生はうまくできてると思う。
時間がたっぷりあるときには、往々にして走った。転んだ。怪我をした。
時間が少なくなってくると、歩みはゆっくりになる。転ぶのをさける歩き方になる。怪我をすると小さな怪我だったはずが大きな怪我になる。

こうしてみると、「行列」は若さの一つの形でもあると思う。
時間を浪費できる余裕があるのだから。



結婚記念日に男らしさを想う

42回目の結婚記念日だった。
お店が閉まったころ合いを見て
「飲みに行くか?」「食事は?」
と誘ったが、最近はお酒を飲むと調子悪いようで
「行かない」
と、つれない。

最近妻は少し太り気味だ。本人も気にしている。
確かに下腹が少しせせりだしてきた。
体重も増えているようで、これまた体重計を見てため息をつく。
「何キロだぁ?」
と体重計のメモリをのぞき込むと
「ダメ!」
と言って、妻はつま先で電源を落とす。

「気にするな。男は痩せてる女より太り目の女が好きだ。」
「だってぇ・・・・」
「俺のなかでのお前は、出会ったころと全然変わってない。」
「そんなこと言うの嘉博さんだけだよ。」
「十分だろ。」

年に一回の同窓会で同級生の女子が集まってくる。その女性たちも私からしたら「あの娘(こ)」だし「この娘」だ。
町中で知らずに会うと、どこぞかのオバサンだし、人によってはオバアサンに見えるが、同級生と認識したとたん、昔の面影が今の顔に上書きされる。

男って馬鹿だから、女に恋したくなる。
妻が体重を、太ってきたことを気にするが、私の中では出会ったころの彼女だ。
見かけは確かにそれなりに老いてきた。
でも時折見せるしぐさは、出会ったころの彼女のままだ。
瞬間瞬間でキュンとさせる「女」を見せる時がある。

だから私も「男」でありたいと思う。
性的な男という意味ではなく、「男らしさ」を持つということ。
いろいろな解釈はあると思うが、私の中の「男らしさ」とは、その相手の女性に対して「女」を意識することだと思っている。

ま、私からの一方的な思いだから。妻は私のことを何と思っているのやら。
それでも42年が経った。
おそらく金婚までは(お互いの生死も仲も)持つかと思うが、この歳になってくると、いずれどちらかが先立つことを考えてしまう。考えてしまうほど私の中の体力としての元気も小さくなった。元気でいられるという自信もなくなった。

だから、まだお互いの意識がしっかりあるうちに、支えあったことを、支えてくれたことを言葉にいつかしようと思う。彼女に残そうと思う。
苦労させてるけど、こんな俺を選んでくれたことに後悔させないために。

結婚記念日に際して、思いついたことをちょっと書いてみた。

リニューアルオープン

7月23日~26日までの4連休。
ホントはオリンピックに合わせての4連休だったんだろうけど。
この日に歓ファンはリニューアルします。
と言っても壁紙張り替えだけ。
明るい色彩ブラウンで開業以来15年間一度も手を付けてなかった。
テーブルとの境目だったりお客様の動線上にあった場所は汚れが目立ってきていた。カウンター前など一度自分で壁紙を張り替えてみたのだが、皺になり、はがれたりした。
(あ、これはプロに任せなきゃ無理だ!)
とあきらめた。
だけど、新橋「梅花メイフア」を開店したあたりからほぼ10年間、経営が厳しくなり、まとまったお金は作れなかった。経営状況はもっとひどくなってきているのだが、今回のコロナで少しまとまった資金を作れた。
先行き不透明さが漂うが、ここは起死回生の一手。
大掛かりなリニューアル(あくまでも壁紙だけです。)をしよう!

その工事が7月23日~26日の4連休。
7月末か8月上旬にリニューアルオープンをしてみよか・・・・。
と思うが、このコロナ、その頃に少し収まっているといいな。
なのでリニューアルオープンのセレモニーを企画しずらい。

張り替える壁紙は現在と同系色のグレーっぽいブラウンが基調になるが、入って正面に見えるカウンター奥の壁だけを濃い緑に変える。
見た感じはだいぶ変わると思う。
それに先駆けてベンチシート、綻びていた部分もあり、補修していた部分もあり、日曜日を利用して座面の合皮は新調した。
テーブルクロスも新調したいな・・・・・。
そこまで経費使えるかな・・・。お店が持つかどうかの瀬戸際。うーん。

リニューアルオープンは、何かイベントを起こすか、何かサービス品で来店意欲をそそるか・・・。
もう少し悩んでみようかね。

料理と食材

料理は食材を選んだ時点で6割~7割終わっていると思う。
それだけ食材の選び方は料理の美味しさに占める割合は大きい。
どんな食材も一口はそのままで食することをお勧めする。ひと噛みだ。
生肉であっても、例えばモヤシであっても。
生肉は、生肉の状態でひと噛み。塩や下味をつけた段階でひと噛み。
さらに1分~5分たった状態でひと噛み。
いつもひと噛みする必要はないけれど、どんな食材も一度はひと噛みして欲しい。特に料理に携わる仕事であれば。

例えば「モヤシ」
生でのひと噛み。生臭くて食べられたもんじゃない。
でもそのモヤシが、火を通すことでシャキシャキした触感に変わり、火を通し過ぎてフニュと美味しくない柔らかさになる。
この変化を面白いと感じるところから、調理が始まると私は思っている。
だから一口(ひと噛み)は食材の味、食感、香り、など確かめてほしいと思っている。

食材は季節で表情を変え、塩で落ち着き、火を通すことで性格を変える。
良い性格になるときもあれば、荒れた性格にも変わる。
付け合わせる素材で、結婚式に出かけるフォーマルに変われば、子供たちに持たせるお弁当にも変わる。

実に面白い。
このことを面白いと感じる感性があれば、日常がとても楽しくなる。
調理に携わる仕事に就いて、つくづく「良かった」と感じるのは、食材の美味しさを発見した時であり、この発見をお客様と共有する時だ。

飲食の仕事は、一般サラリーマンと違って拘束時間が長い。仕事内容も結構ハードだ。給料もけっして高くない。
社長として給与を上げたいと思うのだが、これだけ厳しいと給与に反映できない。そういう従事者に対して私は何をすることができるのだろうと考える。
食に対する喜びを伝えるしかないのかな、と思う。

普通の平日、6月17日水曜日

6月17日水曜日。
ただいま12時26分。この時間にこのブログを書いている。
ランチは通常営業。なのにこのブログを書ける。
通常だったらランチはピーク時間。なのに今現在のお客様、2名。
延べ客数だって、13名様。
はぁ・・・(重い溜息の音)

追い打ちをかけるように酒屋がこのピーク時間(?)に納品。
いつもだったら
「何時だと思ってるんだ!商売やっているんだったらもっと気を使えぇ!」
と怒鳴り散らしている。 でも今日は怒鳴れない。
はぁ・・・(重い溜息の音)

こういうパターンが一番元気がなくなってくる。
脱力という漢字がピッタリ。
昨日47名様。その前日が35名様。
少しずつ増加傾向にあるために内心
(よしよし。この調子!)
と思っていた。
増加傾向が数日続いたと思ったら、またガクンと落ち込む。
たぶんこの繰り返しで、折れ線グラフが上向いてくるのだろうけど、正直
(平常に戻るまでの時間と、お店の体力が
待てない。 持たない。

食事を提供するお店として、お客様に食事を通して元気も提供していた。
同時に、お客様から元気をいただいていたことを痛切に感じる。

今までも難儀なことはたくさんあった。
けど、たいていは前向きに捉えることで様々なアイデアが湧き出て、それに賛同するお客様に来店を促してきたし、お互いに元気づけられ、元気づけてきた。
コロナの威力絶大!
まるでマンガの「進撃の巨人」みたい。



続・6月のコロナ



前回のブログの愚痴を聞いてお客様から「大丈夫?」と、お店まで来てくださってご心配いただいた。
ありがたいし、とても嬉しい。
先日の東京都の「緊急事態解除」の報を聞いても、客足は鈍い。
どうにもこうにも鈍い。
私の一存ではどうにもならない。と自分では開き直っている。
今回のコロナは私の力の範疇をはるかに超えているのだ。
だから心配されるほど悩んでいない。今やれることをやるしかない。
そのうえで駄目になるものだったら、それは神の采配というべき。

コロナ前のランチ来客数(60~70)が、コロナ最中は20前後。緊急事態解除になって30~40個ほどになり、先週水曜日は50台まで回復。しかしその翌日と金曜日は再び30台。土曜日に至ってはナント一桁。
行ったり来たりの伸びの中で少しずつ上昇していくものと思われるし、一日一日の数値で一喜一憂するのも恥ずかしいが、気持ちは晴れない。
自分でも自分の顔が、きっと難しい顔をしているのだろうな、と感じる。心から笑顔を出しにくい。

夜はもっともっと厳しい。
一組が一人とか二人とか、多くても3人とかの来客数になる。その少数の組が2~5程度。食事だけで終わる方も少なくない。売上が伸びるわけがない。
来店されるお客様は顔なじみが多い。「顧客」と呼ばれるお客様だ。
ありがたい。わざわざ歓ファンを目指し心配して来店される。

(なるようにしかならん。)
と思ってみても、何かしらの手は打とうと考えている。
今はやり「サブスク」定額制のサービスだ。
昔やった試食会も復活させようと考えている。
・試食会
昔やった試食会は、試食の評価や改善点などを指摘していただく代わりに5名様1組にコース料理 無料という目玉だった。HP上やメールで試食を募集すると数分で売切れになる。これを半額程度にして募集予定。募集組数も複数にするつもりだ。
・サブスク
ご存じのようにサブスクリプション(毎月の定額会費制度)の略。
これは飲料に対するサービス。毎月の会費制なので、すべての飲料を半額にする。例えば5,000円のサブスクだったら、飲料半額にする。たぶん2~3回ほどの来店で元が取れる。複数人を対象に7000円~8000円程度で 本人を含め3~5名様までは飲料半額というメニューも検討中。

試食会は評価採点をそのままHP上に上げる。新規メニューの告知広告と思えばさほど負担にはならない。と思う。厨房には新規のコースを考えるよりも既存のコース料理に手を加えることを伝える予定。
メインディッシュだったら1品、 サブの総菜だったら、数品を季節の素材に合わせた料理に変更。
サブスクはお客様が来店されてもされなくても固定で計上できる。

このプランを早く実行可能な企画に仕立て上げねば・・・・。
と思っているのだが、いろいろやってやろうという気力が、このところ湧いてこない。実をいうとこれが一番の問題だ。

(歳をとったなぁ)という感慨と、
(あと何年頑張れるのだろう)という時間の計算と、
(経営が成り立つには)という運営上の問題と、
(誰がこの店をやってくれるのか、いるのか)という事業継承問題など、いろいろ絡み合って、目の前の仕事がつい二の次になってしまう。

それら前部を含めて、(なるようにしかならん)

でもでも心配して来店されたお客様、ホントにありがとうございます。
もう少し、もう少し頑張ってみます。もう少しが何か月なのか何年なのかはこれから次第ですが。




6月のコロナ

緊急事態解除でも戻ってこないお客様。
ホントに心折れそうになる。いや折れてるかもしれない。
お昼ランチ客は少し戻ってきたが、コロナ前に対して8割程度。もとよりサービスランチだから利幅は薄い。でも、それはそれで少しホッとしているのだが、ソーシャルディスタンスとわけのわからない英語で、間隔を開けさせながらの集客。12時過ぎのピークにかろうじて席が埋まり始めてきた。が、1時前後のピークがまったくない。コロナ前よりランチタイムを30分延長しているにもかかわらず。

問題は夜だ。
6月10日。今月になりノーゲストが3日ある。来客があったとしても10名様を超える日は1日だけ。
非常に疲れる。手元資金といっしょに「やる気」までが蒸発していく感じだ。
いろいろな状況を想定。それに対する方策も考える。
小さなお城だが、私が城主だから、私が最初にあきらめるわけにはいかない。
決断を下すのは私だから、逃げるわけにもいかない。
私を信じついてくる従業員には、目下の経営状況は教えている。従業員もわかっているのだろうが、数値としても教える。危機は共有するが、決断は私の仕事だ。

4月17日に従業員を集めた時に、通常の給与は保証できないと伝えた。勤務時間短縮、あるいは休暇を作ってくれと頼んだ。給与は20日締め月末支払いだから、4月の給与額は満額で出すが、5月は困難になると伝えていた。
が、給与は減ってもいいから仕事をさせてくれと数日後、全員から申し出があった。
ありがたい。うれしい。感激だ。
だけど、仕事をされたんでは給与は出さないわけにはいかないんだよ。
そして5月末日、ほぼ満額で支給した。

コロナ緊急融資であらたに借り入れ、それに持続化給付金を合わせても、運転資金のの残りは1か月か2か月。
入金予定は都からの5月協力金50万円。(なんで5月で打ち切るんだ!アラートアラートと連発する癖に保証は打ち切る。都知事選、絶対に小池には投票しない。築地移転に関しても自分の売名だけじゃないか。)
そして国からの第二弾持続化給付金(家賃補助)が約150万円の二つ。
給付金、協力金、いつになるかわからないが、出たとしても資金は、ギリギリの綱渡り。

HPで書くことではないが。
店舗維持を優先的に対策を練るが、廃業、店舗委譲、売却の可能性も視野に入れる。折を見てその関係者との面談もする。
幾多の困難にあってきた今までも比較的楽観的に受け止めてきた私なのだが、今回ばかりは最悪状態を覚悟して対処にかかっている。

それにしてもコロナ、私だけでなく世の中を一変させるね。