酒が飲めるぞ!

折からの台風影響で雨が間断なく降り続く。
暴風とまでは行かなくとも風も割と強い。
毎日お昼前に小さなコンビニに届ける弁当配達、さすがに上下の雨合羽で行った。

リバウンド防止期間が10月1日から始まるが、とりあえず緊急事態宣言が終わった。営業時短要請は続くが何よりお酒を提供できる様になる。これは大きい!
本日の予約はない。
雨がいつまで続くのか分からないが、今日のお客様はちと厳しそうだ。

町内の知人の奥さんが亡くなった。
本日通夜が執り行われる。
ご主人には開店当初からお世話になり、また贔屓していただいた。
そのご主人は去年亡くなられた。
不謹慎だが、その通夜に集まった方の流れが来ないかなと一瞬思った。
が、今日10月1日からお店を再開する、隣の焼き鳥屋さんの存在があった。
無理だ。
不謹慎なことを考えるからだな、こりゃ。

リバウンド防止期間の営業は夜9時まで。
9時過ぎからのお客様補ほとんどないので、夜9時までは、さほど影響はない。
雨も手伝って、お店の外も内も今日は寒そうだ。

新宿年金事務所の引越

新宿店近く、靖国通りに面してきらぼし銀行がある。
歓ファンに来るまでの最後の曲がり角の目印になっている銀行だ。
八千代銀行、都民銀行、新銀行東京の三つが合わさってできた地方銀行だ。
八千代銀行時代に入居する自社ビルが完成した。完成して数年後に合併。そしてこのビル自体を売った。
今はきらぼし銀行がこのビルのテナントして入居している。
ビルの名前はヒューリックビル。
きらぼし銀行は1階2階に入居しており、3階から9階までの7フロアは結構長い間(1~2年ほど)空いていた。

9月21日。
このビルの3階から上階にすべてに「新宿年金事務所」が大久保から越してきた。
一説には1000人規模の引越と聞いた。一フロアが300坪なのであながち嘘でもなさそうだが、正味500~600人規模と推察している。
年金事務所だから公的機関だ。たぶん私が生きている間はここに入居していることだろう。

そして少なくともランチタイムに影響することが予想される。
現に今日は久しぶりにランチ客数が50名を超えた。
コロナ禍でずーっと20~30名程度だったので、新宿年金事務所の影響は確実だ。
顔に見覚えのないお客様が数組いた。ナイス!

商店会としても動いた。
新宿年金事務所が越してくる情報は2ヶ月ほど前にキャッチしていた。
医大通り商店会に属しており、ランチを提供する店舗の情報を記載したチラシを作成し、配布。もちろん年金事務所でなく近隣にも配布する段取りだ。
配布は今月末、引越が少し落ち着いた頃合いに配布する。

感染者数が目に見えて減ってきている。
緊急事態宣言は今月末で、おそらく終わるだろう。
夜もお酒を出せる。
時間とともに夜のお客様も戻ってくることだろう。

新宿年金事務所は、なんだか福をも持って引っ越してきた様だ。

遠方より友来たる

台風、雨、コロナ、土曜日、緊急事態、いろいろ重なって、お客様はほぼ絶望的。
それでも従業員は働いている。
近所のお店を見て回るが、やはり閑散としている。
今日はあきらめか・・・・・。
いや、訂正。今日もあきらめか・・・・・・。

電話がかかってきた。
歌舞伎町からいつも来ていただいているお客様から。
「もらい物があるんだけど、バイクでちょっと来てくれないか。」
独り者の、その方、知人からいろいろもらい物をするらしいのだが、独り者ゆえに消化しきれないそう。
ワイン、ジャガイモ、牛肉、はてはマスクまで・・・。種類が様々で何だか「ふるさと納税品」みたい。
ありがたくいただく。
いただいたマスクは、たぶんあと一年コロナが続いても底つかない。

さらにランチタイムが終わろうとするさなかに、荒々しくドアを開けて大男が入ってきた。大きなボール箱を抱えている。
「いやー、久しぶりに東京へ来たよ。」
「これ食べてよ、今日もぎたての梨だよ。」
茨城の千代田町から車でかけつけてくれた。
でっかい梨だ。

「来たいのだけど、コロナで来れないんだよ。ご無沙汰!」
「いやぁ、筋肉が落ちちゃってねぇ。」
と言いながら屈伸運動をする。
「こうやって動かさないと、足つっちゃってねぇ。」
普段から豪放磊落な方なのだが、こちらがついついホッコリとさせられる。

コロナでお客様が来なくて私も従業員も時間を持て余す。
お客様が来るのが何よりの力になるのだが、こちらとしてはもう打つ手がない。
そんな中での「差入れ」
感激する。相手の気持ちがこちらにしっくりと伝わってくる。

たぶん今月末で緊急事態宣言は終わるだろう。
もう少しだけ頑張ってみるかね・・・。

あ・・・お客様が来た。
閉店まであと一時間という時間帯に若い二人のお客様。
初めてのお客様だ。
友がお客様を呼び寄せてくれた。

ダイエットと筋肉量

体重が徐々に落ちてきている。
月一の定期検診でも体脂肪率が小さくなっている。
数ヶ月前74キロ前後あったのが、今は71キロ前後で推移している。
身体が軽い分、階段を上がる時など楽だ。
が、手放しで喜べない。

家内の膝に違和感を覚えているようで、数ヶ月前から夫婦での散歩ができてない。
毎週日曜日7~8キロ程度の散歩だったのだが、それがなくなった。
雨や猛暑が重なった時期でもあり、折からのコロナ禍、外出するのが億劫になる。

体重減の原因はあきらかに運動不足だ。筋肉量が落ちているのだ。
足が、特に大腿部が自分でも細くなっているのが分かる。
内心(これはまずい!)と思っている。

何歳になっても筋肉はつけられると信じている。だが、年相応よりもちょっと上の運動量はちょっと上の気力も同時に要する。
無意識に身体は「楽」を要求する。
68歳という年齢も、さらなる「楽」を要求している。

ダイエットは自らの意思で行うからOKなのだが、最近の体重減は自ら欲した結果でない。
いつだって経営者は身体が資本だ。トップが意思を強く持たなくては部下は迷う。
いつだって経営者は自信満々で、少なくとも表面上は行動しなければならないと考える。
その自信を支える、体力が筋肉量が必要なのだ。
アグレッシブでなければ経営者は持たない。
これはまずい・・・・・

涼しくなってきたし、一人でもあちこち歩き回るか、それともジムでも通おうかな

アフターコロナ

感染者数が収まってきた。
このまま推移していくと緊急事態宣言もたぶん9月末で終わりだ。
終息が決まったわけではないのだが、これ以上の緊急事態宣言の延長は、まず考えられない。
新自民党総裁=新首相が決まり、アフターコロナに向けて始動する。
ワクチン効果も出てきているし、GO TO ・・・という経済てこ入れも始まりそうだし、世の中少し明るい雰囲気になっちゃうかな、と。

だけどその前に。緊急事態宣言終了とともに協力金も当然ながら終了となり、唯一の生命線だった糸が切れてしまうお店が続出すると思う。やる気の糸が切れた経営者だっている。数ヶ月は飲食店の閉店ラッシュ!
閉店倒産ラッシュはたぶん今年いっぱい続くかなぁ・・・。

だけどその後、年末から初春にかけて、景気が持ち直し、もしかしてバブル状態になってくるのでは、と私は読んでいる。

さあ、これからが正念場だ。

オリンパスペン

厨房から久しぶりに「オススメ」の新メニューが出てきた。
昨日5時から、その新料理の撮影をした。
撮った料理の画像で、あらためてメニューを作る。
メニューはリーズナブルなものが12品、一品料理が7品あった。
予約もない店内の、円卓に料理が所狭しと並ぶ。

ロッカーの引き出しにしまっておいたカメラを出す。
撮影予定はあらかじめ聞いていたので、バッテリーは充電していた。
カメラはオリンパスペン。
10万円とか20万円とかする高級なカメラではないのだが、一般機種としては決して見劣りするカメラではない。私はむしろ名器だと思っている。価格、操作の易さ、その割に機能は高い氏、プリントした時の自然の色合い。名器だ。

久しぶりだったので、カメラの機能をいろいろと試しながら撮影した。
(あれ?)
熟知していたはずのカメラの機能だったのに、なんで確かめながら撮影しているのだろう。そしてあらためて気がついた。
カメラを久しく使ってないのだ。

使ってない理由。旅行していないからだ。山に行ってないからだ。
旅にカメラは必須だった。スマホのカメラもあるが、他の用途でバッテリーは駆使する。通話のバッテリーを考えると頻繁には使用できない。

思い返すと旅行らしい旅行は、後楽園店を閉鎖した後、ご苦労さんを兼ねて家内と鬼怒川へ行った時以来だ。確か3月。一年半近く遠出をしてないことになる。

山と輪行(自転車ツーリング)は前立腺摘除の手術をしてから、さらにコロナで家内の実家でもある山形へも行けなかった。普通でなかった一年半の年月を思う。そしてカメラがそれをあらためて思い出させてくれた。

FNSラフ&ミュージック

フジテレビの番組だ。
8月29日。 昨日放映された生番組だ。
その番組に、鶴瓶師匠、急遽出演を依頼された様だ。

前日深夜の2時近くに携帯電話が鳴った。
呼び出し音に、まず家内が目覚め、
「電話だよ。誰・・・こんな時間に?」
と家内は、せっかくの眠りを邪魔されて不機嫌そのものの声。

携帯の表示は「笑福亭鶴瓶」
そこから漏れてくるのは師匠の声。
眠たさ半分、目覚め半分の頭の中で・・・・・・・何だかなぁ・・・。
ファクスとかメールをほとんど使わない師匠、電話での音声やりとりだけ。
チマキの注文を受ける時は、相手先の住所、氏名、電話番号などなど、聞き取りにくい場合が多々。聞き取った内容を清書してショートメールで師匠に送る。
そうしていつも確認して貰っている。

その前日も注文があったが、これも深夜の1時近くの注文。
(ええ加減にしてよ・・・)
連日の深夜注文だ。
でも
これだけ気を許してくれてるんだ、と思い直す。
おかげさまでテレビであれだけ歓ファンのチマキを吹聴してくれた。
ありがたや。
そのテレビを見ながら、
あ、これは生番組だし、急な出演依頼が来たんだな・・と理解した。

フジテレビにチマキを運んだ時に一回玄関口までマネージャーが来てくれ待っていた。夜の7時約束だったが、予定よりも30分早く着いたのにもかかわらず。
テレビ画面を見たら、チマキを入れた発泡スチロールに余計なガムテープなどがくっついていた。
(ありゃ、こんな風にテレビに映ると分かってたら、箱、きれいにしてたのに!)

私より一つ年上の師匠。ほぼ同年代。
「でも、お互い高齢だから、睡眠時間は大切だよ、師匠!」
かくいう私も、睡眠時間はほぼ4~5時間。

長生きしましょうね。こんな出会いとこんなおつきあい、長続きさせましょうね。


八十二歳の訃報

千葉さんの訃報は、けっこうなインパクトが私のなかにあった。
千葉さんのニコニコした顔が今なお私の脳裏に昨日のことの様に蘇ってくる。
82歳ということは、私とは14歳違う。
けど、千葉さんのあの若々しい顔は私と同年代の様に思い、14年という年の差は感じなかった。

そうか、あと14年か・・・。
千葉さんと同い年で亡くなることはないだろうが、ついつい我が年に照らし合わせている自分がいる。
60歳以前・・・いや65歳以前は感じなかった「余生」を、知人の訃報を聞くたび我が事の様に感じてしまう。

感傷?
気持ちが重たくなっているのかな?
虚脱感?
あきらめ?
どれとも違うし、どれもが正解の様な気もする。
今の自分の正確な立ち位置を知っておきたいという、そんな気もする。

仮に80歳で亡くなるとして、残り12年。
12年が長いのか、短いのか。
どちらにしても人生の終盤が見え始めている。
そして、どういう終焉を迎えるか、迎えたいのか。

千葉さんの訃報。
やっぱり寂しい・・。寂しくて、ついつい余計なところへ思いをはせている

千葉真一、亡くなる

訃報が飛び込んできた。
もう82歳になってたんだ。ニュースを見てまず飛び込んできたのが年齢だった。
キーハンター

千葉さんが歓ファンに来ていたのは7~8年前だったと思う。
何が気に入ってくれたのか、ほぼ1ヶ月に一回ほど来てくれてた。
店内がざわめき、遠目に千葉さんをチラチラ見ていた。
知っているお客様を千葉さんのもとへ連れて行き、
「千葉さんのファンなんですよ。」
と紹介した。
お客様はもちろんのこと、千葉さんもニコニコと応じてくれた。

千葉さんとは関係なく、別な日にちにあるテレビ局から取材を申し込まれた。
取材スタッフから芸能人の常連客を聞かれた。
常連客の定義についてスタッフに尋ねたら
「三回以上来店されていると、常連として扱ます。」
といわれた。
三回以上来店されている常連客は、実を言うと歓ファンにはたくさん来ている。
その当時でも遠藤憲一、笑福亭鶴瓶、吉行和子、山下洋輔、・・・。それぞれは三回と言わず10回以上足を運んでいただいた。
千葉真一さんもそのお一人だった。
その名前を伝えると、テレビ局のスタッフがそれぞれの芸能人の事務所に確認を取ってくれた。
千葉さん、即答でOKと言ってくれた。

私とのツーショットはもちろんのこと、従業員やお客様とのツーショットも応じてくださった。
お客様の興奮をそばに、千葉さんはそれをニコニコと眺めていらっしゃった。

もういらっしゃることはないのか・・・・。
これが私の率直な感想だ。
あの日あの場所に座っていらっしゃった千葉さんの姿は、つい最近のことの様に思い出される。
「また来てくださ~い。」
「おう!」
出口で振り返った顔が、そこにある。
ご冥福を。

『火事です!火事です!」

ビーッビーッというけたたましい音とともに
「火事です。火事です。」
と警音警報が流れた。

緊急事態宣言でお店の営業時間を8時までと制限させられ、否応なく閉店時間は早くなった。
お盆休みを14日~16日とし、お店の全休を決め込んだのだが、コロナで帰ってくるなという田舎(家内の実家)の希望があり、子供も孫もいない、妻と二人だけのお盆休み。妻はパート仕事で日曜日しか二人揃わない。
パートに出る妻は、それでもお昼過ぎにはいつも家に帰ってくる。

8月に入り、感染者数4,000~5,000人と報道されるにつれ、お店は極端にヒマになる。例年八月の売上は良くないのだが、コロナ禍、猛暑が拍車を掛ける様に客数が落ちる。
やれる仕事はやったが、お客様が来ないことにはどうしても時間を持て余す。
ということは、妻との時間、家にいる時間が増えることでもある。

食事がワンパターン化する中、餃子や煮込み料理を作ったり、はたまた魚まるごと一本買ってきて、捌いて刺身にしたりと二人でとる食事には工夫をしていた。

食品卸の専門店に行き、食材を見繕っていると焼き肉の具材が特売として並んでいた。美味しそうだ。
(うん、今日は焼き肉にしよう。)
牛タン、ハラミ、カルビ、ロースと美味しそうな所を見繕って、家に持って帰った。

「おい、今日は焼き肉にしようぜ。」
と、奥にしまっていたガスコンロ、焼き肉用鉄板板を出し、部屋に持ち込んだ。
子供たちがそれぞれに独立し、二人だけになって、久しく家での焼き肉なんぞやってなかった。
妻も少し浮かれた感じで準備を始めた。

ガスに火をつけ焼き肉が始まった。
始まった途端、焼き肉特有の匂いとともに煙がモコモト立ち始まる。
「あ、あ、あ・・」
あわてて部屋に干してあった衣服を別な部屋に、妻が移動させる。
その瞬間
「火事です。火事です。」
冒頭の警音が鳴り響く。
(やべー!)
火を止め、焼き肉をコンロごとキッチンに運ぶ。
換気扇のスイッチを入れる。
妻は煙が充満してる部屋のベランダのドアを開け、扇風機を回す。
警音、警報を続く。
「この音、ビル中に鳴り響くの?」
「わからないよ。」
二人とも動転している。

煙が治まり5分ほどしてようやく警音警報が鳴りやむ。
二人して目を合わせ、フーッとため息が出た。
二人焼き肉のワクワク感は吹っ飛び、かわって安堵感が全身を包む。

子供たちを交えて焼き肉をしたのは、一軒家を借りていた時だった。
今は天井が低いマンション暮らし。
すっかり忘れていた。

「ま、良い経験だったな。」
といえば
「焼き肉は、この部屋での焼き肉は、もうダメなんだよ。」
と妻が答える。
二人とも、さほど懲りてない・・・・。