みぎ腕、ひだり腕

みぎ腕
3月末で終わった中国料理歓fun
半年を過ぎた今でも、お店を継続するために他に方法がなかったのかと思いにふける時がある。
昔ながらのお客様にあって、
「みんなで集まる場所がなくなったよ。」
などと言われたとき。そして一緒に働いていた従業員たちがそれぞれ、その後の場所で働く様子を見たり聞いたりして、慣れるまでのひとときなのだろうが、歓で輝いていた頃とは違う苦労をさせていることを知ったときだ。

歓fun時代、私をいろいろな場面で助けてくれた女性がいる。私より6歳上の、現在79歳。この歳でも時々私をドキッとさせるかわいい仕草を見せてくれる。この人の魅力なんだと思う。だからお客様を呼び寄せてくれる。
仕事上の実質的な女房だった。私の右腕だった。
今、日本蕎麦屋の厨房で働いてる。この人の魅力は人とのふれあいで爆発する。せまい厨房で仕事をさせるのが勿体ないのだ。
私がこの人の舞台を取り上げたのだ。今さらだが社長としての責任を重く受け止める。
現在の勤めに空きがあり、私の店が混雑するときなどに時々手伝いに来てくれる。

ひだり腕
もう10年ほど前から左手が小刻みに震えていた。たぶん脳の疾患からくる震えだ。主治医に相談して薬をいただいた。少し収まった。
しかし時とともに震えは前以上に震えるようになった。主治医はこれ以上の服薬はないという。中華鍋を一身に振るってきた職業としての衰えも加わってきたのだろう。このパソコンを打つ指にも震えが伝わり、ダブルで打つ「ッ」の文字がよく画面に躍る。
現在夜だけの仕事になり身体は楽になっているはずなのだが、左肩から上腕にかけて痛みが、少しのひねりで出てくる。老いが重なり、ひどくなることはあっても治ることはないのだろうと、この震え、ある意味達観している。

みぎ腕、ひだり腕ともわが意のままにならない。
が、意のままにならないままに、両腕とも私を助けてくれる。
まだ私に遠からずついてきてくれる。

この両腕がついてきてくれる間は、まだまだ働くよ。