風呂につかる。
ここ1ヶ月ほど身体に違和感を覚える。
月一の健康診断では異常はない。強いて上げれば、以前主治医から言われた
「肺に影があります。カビなのかガンなのか今のところわかりません。大きな専門病院で看て貰ってください。」
くらいだ。が、診察は受けてない。ヘタに病名がわかり入院など言われもしたら困った。診察日が3月4月の閉店整理さなかであったからだ。
以後そのままになっている。
違和感は覚えるものの、身体に痛みや不都合の自覚はない。
新しい仕事を始めているが、以前と比べると負担は格段に少ない。採算はともかくも、マイペースで仕事をこなしている。
営業許可申請が遅れていたせいもあり、目立った宣伝もしていない。が、お客様の反応を見ていると、時間がかかってもいずれお客様は定着するだろうとの手応えはある。
年齢的にも身体的にも、ここはノンビリ、確実にやっていこうと腹は決めている。
風呂につかる。
身体に違和感を覚える。
仕事は格段い楽になっている。
だのに 病気なのか老化の一部なのかは不明だが、今まで感じたことのない疲労感と覇気の衰えを感じる。
4歳下の弟の、昨年の訃報をよく思いだす。67歳だった。
俺だって、もういつ亡くなってもおかしくない歳なんだと、自分に言い聞かせる。
72歳という歳で始めた新しい仕事を、ホントに始めて良かったんだろうか、と、浴槽につかりながら問い直す。
私が20歳の時、鹿児島で日本蕎麦屋を営んでいた親父から、
「これから中華の世界がやってくると思う。お前、中華料理を覚えてみないか。」
と言われた。親父としてはいずれ私を跡継ぎにという思いがあったのだろう。
私も諸事情で大学進学をあきらめた時期だった。2年続けた大学浪人生活に終止符を打ち、新橋に会った中華の老舗「新橋亭」の門をくぐった。以来50年「中華料理」というレールの上を走った。職人(調理人)であり、営業職(店長)であり、経営者という分岐点はあったが、中華料理というレール上を50年ほど走り続けた。
私のなかでは面白い人生を歩かせて貰った。職人時代も、営業職時代も、経営者時代も、自分で考えたことをほぼ実行できた。だから悔いがない。
失敗すらも楽しかった。
風呂につかる。
浴槽の中で過去の思いにふける。
思いにふけるという自体が、自分自身を過去に追いやっている。
風呂につかる。
身体に違和感を覚える。
まだ生きてて良いのかな、
まだ生きてる意味があるのかな、
まだ生きてる価値があるのかな、
上手に言えないが、そういう違和感を覚えている。
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